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69号 WHO. 薬剤感受性結核のガイドライン
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2017年4月、世界保健機構(WHO:World Health Organization)が「薬剤感受性結核の治療および患者ケアのためのガイドライン~2017年改訂版~」を公開した1)。ここではガイドラインのなかの推奨を抜粋して紹介する。このガイドラインの推奨には「エビデンスの質」および「推奨の強さ」が示されている。「エビデンスの質」は4段階に分類され[表1]、「推奨の強さ」はこのガイドラインによって影響を受ける人々では異なる意味を持つ[表2]

[表1]エビデンスの質

エビデンスの質 定義
高い 今後の研究が効果の予測における我々の信用を替えることは殆どない。
中等度 今後の研究によって、効果の信用に重要なインパクトが与えられ、予測が替わるかもしれない。
低い 今後の研究が効果の予測における我々の信用に重大なインパクトを与える可能性が極めて高く、予測を替えるかもしれない。
極めて低い 効果の予測は極めて不確かである。

[表2]異なる利用者での推奨の強さの意味

考え方 強い推奨 条件付き推奨
患者 この状況の患者の殆どは行動の推奨コースを希望するが、一部の人々は希望しないかもしれない。
最終的に判断することを補助することは、人々がその価値や嗜好に一致した決断をすることに必要なさそうである。
この状況の患者の大多数は示唆された行動コースを希望するであろうが、多くの人々は希望しないかもしれない。
医師 殆どの人々は介入を受けるべきである。ガイドラインに従った推奨を遵守することは質の判定基準や達成目標として使用しうる。 個々の患者にとって異なる選択も適切であろうことを認識する。そして、価値や嗜好と一致した処理判断に患者が到達するために彼らを援助しなければならない。判断を援助することは彼らの価値や嗜好に一致した決定をする手助けに有用である。
政策立案者 殆どの状況において、その推奨はポリシーとして採用できる。 政策決定には相当の論議と様々な利害関係者の参加を必要とするであろう。

1.薬剤感受性結核の治療

  • 1.1.
    薬剤感受性肺結核の患者では、フルオロキノロンを含んだ4ヶ月のレジメンは使用すべきではなく、6ヶ月のリファンピシンをベースとしたレジメンの2HRZE/4HR[註釈1]が推奨レジメンである(強い推奨/エビデンスの信頼度は中等度)。
  • 1.2.
    薬剤感受性結核の患者の治療においては、薬剤固定量の合剤(FDC:fixed-dose combination)は別々の製剤を使用するよりも推奨される(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は低い)。
  • 1.3.
    薬剤感受性肺結核の患者すべてにおいて、週3回の投与は集中治療期および維持治療期のどちらにおいても推奨されず、連日投与が推奨される投薬頻度である(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は大変低い)。
  • 1.4.1.
    HIV感染者ではCD4細胞数の如何にかかわらず、全ての結核患者においてART(抗レトロウイルス治療:antiretroviral treatment)を開始すべきである(強い推奨/エビデンスの信頼度は高い)。
  • 1.4.2.
    HIV感染者では結核の治療を最初に開始し、その後、可能な限り迅速に(治療の最初の8週間以内に)ARTを開始する(強い推奨/エビデンスの信頼度は高い)。重篤な免疫不全のHIV陽性患者(CD4細胞数が50細胞/mm3以下など)は結核治療を開始してから最初の2週間以内にARTを開始すべきである。
  • 1.5.
    結核の治療中にARTを受けている薬剤感受性肺結核のHIV陽性患者では、6ヶ月の標準治療レジメンが8ヶ月以上の長期治療よりも推奨される(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は大変低い)。
  • 1.6.1.
    結核性髄膜炎の患者では、デキサメサゾンもしくはプレドニゾロンによる初期コルチコステロイド補助療法(6~8週間かけて減量する)を使用する(強い推奨/エビデンスの信頼度は中等度)。
  • 1.6.2.
    結核性心膜炎の患者においても、初期コルチコステロイド補助療法を実施してよい(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は大変低い)。
  • 1.7.
    結核の再治療を必要とする患者では、カテゴリーIIレジメン[註釈2]はもう、処方すべきではない。治療レジメンの選択のために薬剤感受性検査を実施すべきである(優れた実践)。

2.患者ケアとサポート

  • 2.1.1.
    結核治療中の患者には、疾患および治療遵守についての教育と助言を提供すべきである(強い推奨/エビデンスの信頼度は中等度)。
  • 2.1.2.
    結核治療中の患者には、適切な治療薬のオプションを選択してもらい、同時に治療遵守の介入を提供する(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は低い)。
  • 2.1.3.
    治療遵守のための下記の介入(補足的かつ相互に矛盾しない介入)の1つもしくは複数を結核治療中の患者や医療提供者に提供してもよい。
    a)トレーサー[註釈3]やデジタル薬物モニター[註釈4](条件付き推奨/エビデンスの信頼度は大変低い)
    b)患者をサポートする道具[註釈5](条件付き推奨/エビデンスの信頼度は中等度)
    c)患者への精神的なサポート(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は大変低い)
    d)スタッフの教育(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は低い)
  • 2.1.4.
    結核の治療中の患者には、下記の投薬オプションを提供してもよい。
    a)医療施設での直接監視下治療(DOT:directly observed treatment)や監視なしの治療よりも、市中や自宅でのDOTが推奨される(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は中等度)。
    b)訓練した一般提供者や医療従事者によるDOTの方が、家族によるDOTや監視されない治療よりも推奨される(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は大変低い)。
    c)ビデオ通信技術が利用できるならば、ビデオ監視下治療(VOT:video observed treatment)をDOTに置き換えることができる。これは医療従事者および患者によって適切に調整および実施することができる(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は大変低い)。
  • 2.2.
    多剤耐性結核の治療の患者には、治療の中央化方式よりも分散化方式[註釈6]の方が推奨され る(条件付き推奨/エビデンスの信頼度は大変低い)。

文献

  1. WHO. Guidelines for treatment of drug-susceptible tuberculosis and patient care  http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/255052/1/9789241550000-eng.pdf

[註釈1]2HRZE/4HR
2ヶ月の集中期治療(イソニアジド+リファンピシン+ピラジナミド+エタンブトール)の治療のあとに4ヶ月の維持期治療(リファンピシン+リファンピシン)を連日行うこと。
H:ヒドラジド(イソニアジド)、R:リファンピシン、Z:ピラジナミド、E:エタンブトール、S:ストレプトマイシン

[註釈2]カテゴリーIIレジメン
治療中断や再発によって再治療が必要な結核の患者のために、WHOによって過去に推奨されていたレジメンのこと。
例:2HRZES/1HRZE/5HRE

[註釈3]トレーサー
SMS、電話、自宅訪問などによる患者とのコミュニケーションのこと。

[註釈4]デジタル薬物モニター
丸薬容器を空ける間隔を測定できる機器のこと。薬物モニターは患者に服薬することを思い出させるために音声催促やSMSを送り、同時に丸薬容器を開けるときに記録を残す。

[註釈5]患者をサポートする道具
この道具には食物、経済サポート、食事、食物バスケット、栄養補助食品、食物交換券、交通助成金、生活費、住宅補助金、経済的ボーナスなどが含まれる。この補助は患者や付添が医療サービスにアクセスすることによって発生する間接的な費用をサポートする。疾患に関連した収入損失を軽減することを目的とする。

[註釈6]中央化方式と分散化方式
中央化方式は、集中治療期もしくは培養や塗抹検査が陰性化するまで、専門的な薬剤耐性結核センターやチームによって入院治療やケアすることである。その後、患者は分散治療を受けることができる。中央化ケアは専門の医師や看護師によって提供されるが、これには中央化した外来クリニックも含まれる(このような外来施設は中央化病院の中や近隣に設置されている)。
分散化方式は患者の住居のある地域において、非専門的もしくは末端医療センターによって、地域の医療従事者や看護師、非専門医、地域のボランティアが提供するケアのことである。このケアは地域の会場や患者の自宅や職場で行われる。

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 衛生管理室長