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70号 フランス麻酔蘇生医学会:周術期における喫煙管理のためのガイドライン
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喫煙すると血管が収縮し、組織の血液量が減少する。その結果、組織の酸素濃度も低下する。また、組織潅流が低下すれば、栄養も行き届かなくなる。免疫も変化してしまう1)。このようなことから、手術前の禁煙は手術部位感染を低減させるための重要な対策となる。周術期の喫煙対策について、フランス麻酔蘇生医学会の「周術期における喫煙管理のためのガイドライン」が詳細に記述しているので紹介する2)

周術期の患者の喫煙は重大な問題を引き起こしている。待機的手術の患者では、喫煙によって院内死亡率が20%増加し、周術期の合併症が40%増加する。喫煙を続ければ殆どすべての外科的合併症が増加する。

周術期は禁煙のための機会を与えてくれる。喫煙態度を管理し、待機的手術の前にニコチン代替薬を処方すれば、周術期の禁煙率は相当増加する。禁煙期間に正比例して禁煙の有益性は増加するが、手術の時期に関係なく、術前の禁煙は推奨される。小児の患者では親に禁煙してもらうか、タバコの煙に曝露するような環境から術前に小児を避難させることが絶対に必要である。すべての医療従事者は喫煙者に「禁煙のポジティブな効果」を啓発し、献身的な管理や個々のフォローアップを提供することが大切である。

質問1:術前に提供される喫煙対策にはどのような効果があるか?

推奨

「禁煙のための行動介入を行う」および「待機的手術の前に禁煙のためのニコチン代替薬を処方する」が推奨される。

理論的根拠

集中的な行動介入(献身的な相談、4週間のフォローアップ、ニコチン代替薬の処方など)は介入しない場合に比べて、手術前の禁煙率を10倍引き上げる。そして、210人の患者での2件のランダム化比較試験では合併症を全体的に60%減少させ、1年での禁煙率を3倍増加させた。簡易的な行動介入(禁煙を推奨するがフォローアップはしない)は介入しない場合に比べて、手術前の禁煙率を30%引き上げた。そして、合併症は全体的には減らなかったものの、1年での禁煙率を2倍にした。小規模の無作為化比較試験によると、ニコチン代替薬は手術後の疼痛やオピオイドの消費を増加させなかった。

質問2:禁煙の効果を得るための術前の禁煙の最短期間はどのくらいか?

推奨

禁煙の有益性が禁煙期間に比例して増加するとしても、手術のタイミングに関係なく、周術期は禁煙することを推奨する。

理論的根拠

「手術の8週間以上前から禁煙する」は「現在も喫煙している」に比較して、呼吸器合併症(治療を要する気管支痙攣、気管支鏡や補助換気を要する無気肺、肺感染症、胸水、気胸、肺気腫、肺血栓、急性呼吸窮迫症候群、呼吸不全や停止、再挿管および再換気、気管切開、高濃度酸素の24時間呼吸の必要性)を50%近く減少させる。「手術の4週間以上前から禁煙する」は「現在も喫煙している」に比較して呼吸器合併症を25%近く減らす。「手術の2~4週間前から禁煙する」は「現在も喫煙している」に比較して呼吸器合併症を減らすことはなく、2週間以内の禁煙と同程度であった。創傷治癒の障害については、禁煙の有益性は禁煙してから3~4週間後に明らかとなった。周術期の禁煙は手術のタイミングに拘わらず、最終的な禁煙率を引き上げている。

質問3:喫煙者にとって、外科医、麻酔科医/集中治療医、介護者の役割は何か?

推奨

全ての専門家(外科医、麻酔科医、集中治療医、介護者など)は「禁煙のポジティブな効果」について喫煙者に教育し、献身的な管理および個人的なフォローアップを提供することを推奨する。

理論的根拠

13,724人の患者での17件の研究の解析では、禁煙のための助言を与えられなかった患者に比較して、短時間の助言(20分以内のインタビューおよび1回未満のフォローアップ受診)が与えられた患者では、6ヶ月の時点での禁煙率が60%増加したことが示された。強力な助言(20分以上のインタビューに加えて、フォローアップの受診およびパンフレットを使用する)は6ヶ月の時点での禁煙率を80%以上増加させた。集中的な助言と簡易的な助言を直接比較すると、前者の方が有効であることが示されている。3,336人の患者の最近のフォローアップ研究によると、患者に提供された援助や助言(専用のホットライン経由を含む)は禁煙率を増加させる。

質問4:周術期に小児の患者が受動喫煙すると周術期の疾病率に影響するか?

推奨

親に禁煙させるか、手術前の可能な限り早期に小児患者を喫煙環境から避難させることを推奨する。

理論的根拠

小児患者の受動喫煙は一般麻酔手術での周術期の好まざる効果(咳、咽頭痙攣、気管支痙攣、不飽和化)の危険性を2倍にした。「両親の喫煙」と「小児患者の周術期の疾病率を減少させるために必要な時間的間隔」についての特別な研究はみつけられなかった。

文献

  1. Ban KA, et al. American college of surgeons and surgical infect ion society:Surgical site infection guidelines,
    2016 Update. J Am Coll Surg. 2017;224:59-74
  2. Pierre S, et al. Guidelines on smoking management during the pe rioperative period.Anaesth Crit Care Pain Med.
    2017 Jun;36(3):195-200

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 衛生管理室長