ケンエーIC News

2号 HBV, HCV, HIVに感染している医療者の管理のためのSHEAガイドライン
PDFファイルで見る
HBV,HCV,HIV感染者の血液が付着した注射針で医療者が針刺しなどの血液曝露した場合の対応は既に公開されており1,2)、ほとんどの病院がそれを実践している。一方、HBV,HCV,HIVに感染している医療者が外科手術などで患者に病原体を感染させたという報告があるにもかかわらず、その対応を明確にしている医療機関は皆無である。ここでは米国医療疫学学会(SHEA:Society for Health care Epidemiology of America)が公開した「HBV,HCV,HIVに感染している医療者の管理のためのガイドライン」3)を紹介する。

医療者から患者への感染の事例

HBV

1994年までに米国疾病管理予防センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)は42件の医療者から患者へのHBVの伝播(患者375人)を確認している。さらに2件の集団発生が報告されており、これらにはHBe抗原陽性の外科医が関連していた。1996年以降は10件のHBVの伝播の報告がなされている。

HCV

1995年、医療者から患者へのHCV伝播の最初の報告が英国からなされた。この報告によると、心臓血管外科手術後の患者が急性C型肝炎を発症した。外科医がHCV感染していたため、遡及調査をしたところ、その外科医の278人の患者の中で1人がHCVに感染していた。英国におけるこのような遡及調査を総計すると、7,656人の患者のうち、15人(0.19%)に感染が見られた。発端患者を含むと0.26%の感染率となる。一般に、HCVの医療者から患者への伝播の危険性はHBVよりも小さい。これはHCVキャリアのウイルス量がHBVキャリアよりも桁違いに少ないからである。

HIV

HIVが最初に分離されてからの25年間で、 僅か4件の医療者から患者への感染が報告されたに過ぎない。1990年に米国において1件の集団感染(歯科医から6人の患者へ)が報告されて以降、フランスでは2件(整形外科医、看護師から)、スペインでは1件(産婦人科医から)が報告されている。

血液媒介病原体の伝播の危険レベルに基づく医療処置のカテゴリー

医療処置は血液媒介病原体の伝播の危険レベルに基づいて下記の3つのカテゴリー(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ)に分類される。

  • カテゴリーⅠ(血液媒介ウイルス伝播の危険性が殆どない処置):小さな皮膚縫合、直腸診や内診、下部消化管内視鏡検査および処置(S状結腸鏡や大腸内視鏡)など
  • カテゴリーⅡ(血液媒介ウイルス伝播の可能性が理論的にはあるものの、実際には起こりそうにない処置):気管支鏡、腹腔鏡、胸腔鏡、気管内挿管や喉頭用マスクなど
  • カテゴリーⅢ(血液媒介ウイルス伝播の確定的な危険性がある、または「曝露しやすい」として過去に分類された処置):一般外科手術、一般口腔外科手術、心臓胸部外科、脳神経外科手術、産婦人科手術、整形外科手術、移植手術、外傷手術など

医療者のウイルス量と医療行為の制限

HBV, HCV, HIV に感染している医療者は血液媒介病原体に感染しているという理由のみで医療行為から排除されてはならない。医療従事者はHBVおよびHCVについては104GE/ml 未満[註]、HIVについては5×102GE/ml 未満が維持され(年2回の検査が必要)、専門家審査委員会から業務の継続についての助言を得ているなどの対応がなされていれば、カテゴリーⅠ~Ⅲの医療行為を行なっても良い。しかし、これ以上のウイルス量であれば、カテゴリーⅢの医療行為は制限されるとともに、「すべての侵襲的処置」「粘膜または破綻のある皮膚への接触」「手袋が推奨されている患者処置」においては二重手袋を装着することが推奨される。

HBVおよびHCVについて「104GE/ml」が基準値として設定された理由の1つとしては、ウイルス量が104GE/mlの医療者に曝露しても、1ウイルス粒子以下の
曝露となることを示したモデル研究がある。HIVにおいて「5×102GE/ml」が基準となったのは、有効な抗レトロウイルス治療が継続されているにもかかわらず、検出感度以下(一般に50コピー/ml未満)にHIVが抑えられている感染者が5×102GE/mlにウイルス量がスパイクすることがあるというのが関連している。

医療者の感染事実の報告と感染状況の把握

HBV, HCV, HIV に感染している医療者は倫理的に感染の事実を医療機関に報告すべきである。定期的で自発的な内密の検査を医療者に実施することを促すものであり、カテゴリーⅢの医療行為を行う医療者はこれらの病原体への免疫および感染の状況を把握しているべきである。

文献

  1. CDC. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HBV,HCV,and HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis, 2001.
    http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5011.pdf
  2. CDC. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis, 2005.
    http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5409.pdf
  3. SHEA Guideline for Management of Healthcare Workers Who Are Infected with Hepatitis B Virus, Hepatitis C Virus, and/or Human Immunodeficiency Virus.Infect Control Hosp Epidemiol 2010 ; 31(3), 203 – 232.

[註]
GE(genome equivalents)/mlはウイルス量の単位であり、コピー/mlと同じと考えてよい。

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長