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5号 APIC. 整形外科における手術部位感染の撲滅のためのガイド
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整形外科における手術部位感染は、在院日数を患者当たり2週間(中央値)延長させ、再入院率を2倍にし、医療コストを300%以上も増加させてしまう。さらに、手術部位感染を合併した患者の身体的な制限は相当なものとなり、生活の質(QOL: quality of life)が著しく低下する。そのようなことから、米国感染管理疫学専門家協会(APIC : Association for Professionals in Infection Control and Epidemiology)は「整形外科における手術部位感染の撲滅のためのガイド」1)を2010年に公開した。このガイドのなかから、特に興味深い記述を抜粋紹介する[別表]。

微生物と人工異物

整形外科手術では、人工異物が頻繁に留置されており、それには人工関節、関節構成部、骨構造の安定や骨折の修復のために用いられる金属類が含まれる。これらの留置は微生物の局所汚染(周術期にみられる)や血行性散布による感染を助長している。血行性散布は周術期に引き続いて発症した一次菌血症や遠隔部位の感染からの二次菌血症によるものであり、人工関節に微生物を植え付けてしまう。

局所汚染による感染は人工装具の近隣の感染または手術時の汚染の結果である。創部の治癒が遷延すると創部感染しやすくなる。虚血性壊死、感染創部の血腫、表層の創部感染、縫合部膿瘍は深部の手術部位感染の前兆かもしれない。深部関節を守っている物理的バリアは手術時に障害されるので、感染の危険性を増幅する。

人工関節感染の20~40%は血行性であると推定される。実際、人工膝関節置換術に引き続く手術部位感染の少なくとも50%は血行性であろう。そして、手術後1年以上経過して発生する感染症は、血行性感染が強く考えられる。

微生物の特性

バイオフィルムは感染の病因に重要な役割を果たしている。微生物が生体宿主または無生物の表面に接触すると、バイオフィルムが発生しうる。バイオフィルム内の細菌は浮遊細菌とはかなり異なる特性を持っている。バイオフィルムの厚い細胞外マトリックスおよび細胞外層が抗菌薬や白血球の正常な宿主防御メカニズム(貪食など)から細菌を守っている。

黄色ブドウ球菌は整形外科の手術部位感染において、最も多くみられる微生物の一つであり、毒素の産生能および複数クラスの抗菌薬に耐性となることができるため、高度な毒性を持っている。黄色ブドウ球菌による感染は急激に発症して予後が悪い。コアグラーゼ陰性ブドウ球菌も整形外科感染でよく見られるが、やはり抗菌薬耐性になりやすい。この場合、手術後後期に発症することが多い。緑膿菌は手術時、血行性散布、隣接感染からの拡散を介して、骨または関節に入り込む。緑膿菌感染は遅れて発症することが多い。骨折修復に引き続いて発症することがあり、慢性感染になることがある。

グラム陽性菌が整形外科の手術部位感染では優勢である。コアグラーゼ陰性ブドウ球菌が歴史的に最も多くにみられ、黄色ブドウ球菌がそれに引き続く。

周術期正常体温

周術期低体温は生理学的なストレスとなる。血圧、心拍数、血漿カテコラミン濃度を増加させ、それが心臓合併症、出血、創部感染の危険性を増加させるからである。また、手術中の低体温は体温調節性血管収縮を引き起こし、組織の酸素分圧を低下させる。その結果、感染への抵抗性を減少させてしまう。

手術室では、患者は体温調節に影響を与える要因に曝露しており、それが手術後の低体温を引き起こしている。そのような要因には寒冷な手術室、静脈内注入液、皮膚消毒薬、様々な麻酔法が含まれる。低体温を防ぐためには、強制空気保温の方が綿布や反射ブランケットよりも有効であるとの研究がある。積極的保温は有用であり、汚染を増長せず、手術後感染の危険性を減らすと結論している研究もある。更に、低体温の患者は正常体温の患者よりも創部感染の危険性が高いことを示した研究もある。

骨セメント

関節全置換術において骨セメントが使用されている。抗菌薬をセメントに加えると、抗菌薬は周囲の組織部分に溶け出す。それは感染を駆逐することを目的としている。40gのセメントに2g以上の抗菌薬を加えるとセメントの機械的強度は減少する。真空撹拌はセメントの多孔性を減らすので、抗菌薬の溶出を減少させてしまう。

セメントに抗菌薬が均一に攪拌されている商品製剤は機械的な強度がよいものの、抗菌薬の溶出が減少する可能性はある。伝統的な混合法(「ホイッピング」)は混合の程度に乏しいが、抗菌薬の溶出を向上させることができる。徒手混合は抗菌薬結晶を完全に粉砕することはできないが、やはり抗菌薬の溶出を向上させるかもしれない。

文献

  1. APIC. Guide to the Elimination of Orthopedic Surgical Site Infections
    http://www.apic.org/Resource_/EliminationGuideForm/34e03612-d1e6-4214-a76b-e532c6fc3898/File/APICOrtho-Guide.pdf

別表

重要ポイント 勧告
手術台の上から下に向かう
一方向性の垂直な低速空気流
少なくとも1時間当たり20回の換気をおこなう
Body Evacuation Suits 関節全置換術では一般的に推奨される
手術時手指消毒薬 持続活性のある外科用抗菌性スクラブ製剤またはアルコールベースのハンドラブ製剤を使用する。アルコール製剤を使用すると常在菌が95%減少する
除毛 除毛は実施しない。実施するならば手術直前にクリッパーにて除毛する。カミソリは適切ではなく、手術部位感染率が3.1~20%になってしまう
手術前の皮膚消毒 アルコールおよび活性成分(グルコン酸クロルヘキシジンやポビドンヨードなど)のある製剤を用いる。消毒薬は完全に乾かす。消毒薬が体表面に溜まらないようにする
ドレーン 対照試験は有用性を証明していない。メタアナリシスによると、膝または股関節の全置換での有益性は証明されておらず、輸血が増加してしまう
抗菌薬セメント 有効性のエビデンスあり。現在、ヨーロッパでは初回手術で広く使用されている。米国では再置換手術に米国食品医薬品局(FDA)が認可している
人的交通整理 複数の研究が手術室スタッフの数や移動を制限することを支持している
体温の維持 深部体温が36度以下の患者を積極的に温める

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長