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9号 単回用バイアルを複数の患者に用いたことによる感染症アウトブレイク
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医療従事者が標準予防策を遵守せず、そして、単回用バイアルの薬剤を複数の患者に用いることによって、生命を脅かすような細菌感染が発生することがある。ここでは外来クリニックにて疼痛治療を受けた患者10人が巻き込まれた侵襲性黄色ブドウ球菌感染症の2件のアウトブレイクを紹介する1)。単回用バイアルの薬剤には保存剤が入っていないので、感染症のリスクから患者を守るためには、1人の患者のみに使用する必要がある。それにも拘わらず、単回用バイアルを複数の患者に使用したため、アウトブレイクが発生した。

疼痛緩和クリニックーアリゾナ州

2012年4月8日、アリゾナ州保健所に血液および胸水の培養でMRSAが陽性となった急性縦隔炎の症例の報告がはいった。この症例を含めた3人の侵襲性MRSA感染症の患者は最近、疼痛緩和の外来クリニックで治療されていた。

地域および州の保健所による調査によって、3人のMRSA感染患者が他の25人の患者とともに、同じ日にクリニックにて疼痛用注射を受けていたことが判明した。MRSA感染した2人の患者は硬膜外ステロイド注射を受けており、もう1人は星状神経節ブロックを受けていた。これらのMRSA感染患者を含む10人の患者が薬剤投与用の針の留置をガイドするためにレントゲン画像用の造影剤の注射を受けていた。クリニックのスタッフは毎日、患者が到着する前に患者処置室において造影剤を準備していた。2つの新しいシリンジによって、10mLの単回用バイアルの造影剤(300mgl/mL)および10mLの単回用バイアルの生食液からそれぞれ5mLずつ引き抜かれた。そして、各々のシリンジの内容液は別のバイアルに移されて、10mLの希釈された造影剤のバイアルが2本できあがった。1本は午前中に用いられ、もう1本は午後用に保存された。アウトブレイクの当日に造影剤を受けた患者のなかで、6人が午前のバイアルからの注射薬を受け、4人が午後のバイアルであった。そして、MRSA感染の患者すべてが午後のバイアルからの希釈造影剤を投与されていた。

MRSA感染した3人の患者は外来での疼痛緩和処置の4~8日後に地域の病院に受診し、重症感染症(縦隔炎、細菌性髄膜炎、硬膜外膿瘍、敗血症など)にて入院治療を受けた。入院期間は9~41日であり、1人の患者にはさらに長期の急性期ケアがおこなわれた。午後のバイアルからの希釈造影剤を投与された4人目の患者はクリニックでの治療の6日後に自宅で死亡していた。死亡の原因は複数の薬剤の過剰投与として報告されているが、侵襲性MRSA感染症は除外できない。

アウトブレイクのときにクリニックにて使用されていたロットの造影剤の6本の未開封のバイアルからのサンプルがCDCに送られたが、一般的な細菌培養法では内部汚染は同定されなかった。未開封の生食バイアルは培養されなかった。というのは、アウトブレイクのときに使用されていたロットが入手できなかったことと、クリニックでの他の処置でも日常的に使用されていたが、それらの生食は感染を引き起こしていなかったからである。

複数の患者に単回用バイアルを不適切に再使用していたことが確認されたことに加えて、医療従事者が標準予防策を遵守していなかったことも明らかになった。脊椎内注射を実施するときに、フェイスマスクを着用していなかったのである。

整形外科クリニックーデラウェア州

3月19日、デラウェア州保健所は7人の患者が敗血症性関節炎と滑液包炎にて入院したとの連絡を受けた。病変部分(膝[3人]、股関節[2人]、足首[1人]、親指[1人])からの体液の培養によって、すべての患者にMSSAが確認された。7人全員が感染創のデブリードメンおよび抗菌薬を必要とし、平均6日(3~8日)の入院を要した。7人全員が3月6~8日に同じ形成外科クリニックにて関節内注射を受けていた。

このクリニックは患者が入院した病院の系列にあり、病院の感染予防およびリスクマネージメントのスタッフが現場視察をおこなった。3日間で、13人の患者が疼痛治療のための関節注射を受けていた。黄色ブドウ球菌感染の7人の患者のなかで、5人が同日に注射をうけていた。3月6~8日に注射を受けていた別の3人の患者にも感染を疑わせる症状がみられたが、培養は実施されておらず、外来にて経口抗菌薬にて治療されていた。

複数の患者に単回用バイアルの麻酔用ブピバカインを再使用していたことが、調査にて同定された唯一の安全手技の違反であった。以前は、整形外科処置では10mLの単回用バイアルのブピバカインを使用してきた。全米の薬剤不足にて、10mLの単回用バイアルの供給ができなくなったときに、スタッフは30mLの単回用バイアルのブピバカインを複数の患者に使用し始めた。関節内注射では1~8mLの麻酔薬を必要とするのが普通であり、各々の注射は異なる清潔な調剤室にて処置の直前に準備された。1本の30mLのブピバカインは開封され、そのバイアルはすべての内容液が引き抜かれるまで複数の患者用に数時間にわたってアクセスされていた。開封された30mLのバイアルは翌日に使用するために医療キャビネットに保存されることもあった。6件の黄色ブドウ球菌がCDCにて検査され、パルスフィールド電気泳動で同一であることが判明した。調査の一部として、注射薬を準備もしくは投与していた3人の医療者および4人の助手から鼻腔スワブが収集された。薬剤を準備していた2人のスタッフは黄色ブドウ球菌を保菌しており、そのうちの1人はアウトブレイク株と同一の株を保菌していた。

おわりに

日本においても単回用バイアルを複数の患者に用いていることがある。これは意図的に実施されていることもあるし、単回用であることを知らずに複数の患者に用いていることもある。我々は、日常診療で使用しているバイアルが単回用か複数回用かをもう一度確認し、このようなアウトブレイクが発生しないように適切な診療をおこなう必要がある。

文献

  1. CDC. Invasive Staphylococcus aureus infections associated with pain injections and reuse of single-dose vials-Arizona and Delaware, 2012
    http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/wk/mm6127.pdf

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長