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14号 ムンプスのアウトブレイクとワクチン
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ムンプスはインフルエンザよりも感染力が強い。感染力の物差しの一つとして用いられている「基礎再生産率」(1人の感染者が、誰も免疫を持たない集団に加わったとき、平均して何人に直接感染させるかという人数)がインフルエンザでは1.71~2.0であるのに比較して1,2)、ムンプスでは4~7である3)。このような強力な感染力ゆえに、アウトブレイクが発生している。ムンプスのアウトブレイクがあった場合、発症者の殆どにワクチンの接種歴がある。そうすると、「ワクチンを接種しているにも関わらず、ムンプスを発症している。むしろ、接種していなかった人の方が接種していた人よりもムンプスを発症した人数が少ない。ワクチンは無効なのだろうか?」などと考え込んでしまう人が多いのではないだろうか?これについて考察してみたい。

アウトブレイク

ここでCDCが報告しているムンプスのアウトブレイクを3件紹介するが、発症者の殆どにワクチン接種歴がある。

  1. 2005年7月、ニューヨーク州郊外でのサマーキャンプにおいて、541人のキャンパーおよびスタッフのうち31人がムンプスを発症した(発病率5.7%)。その発症者の96%にワクチン接種の既往があった4)
  2. 2009年6月、ニューヨーク州およびニュージャージー州において1,521人のムンプス症例が報告された。このアウトブレイクでは、976人(88%)が少なくとも1回はムンプスを含んだワクチンをアウトブレイク前に接種していた。そして、839人(75%)は2回接種していた。殆どの症例が7~18歳であるが、この年齢層については、93%が少なくとも1回は接種されており、85%は2回接種されていた5)
  3. 2011年8月、36,000人が在籍している大学において、ムンプスのアウトブレイクが発生し、29人が発症した。全員が大学に疫学的に関連しており、27人(93%)が学生、1人が学生の濃厚接触者、1人がムンプスワクチン外来で勤務していた保健所スタッフであった。29人のなかの22人(76%)に2回のワクチンの接種歴があった6)

ワクチンの有効率

接種率が高い集団においてムンプスのアウトブレイクが発生したとき、接種既往のある人々の発症者の数が多い。しかし、これによってワクチンが無効であると解釈してはならない7)。ムンプス発症者の殆どがワクチン接種を受けた人々で発生しているのは、曝露した人々の殆どに接種既往があるからである。

ワクチンの効果を評価する方法は「接種された人々における発病率」を「接種していない人々における発病率」と比較することによる。そのように比較すると、接種率の高い集団でのアウトブレイクにおいては、ワクチンが接種されていない人々(少数の人々)は、接種されたことのある人々(大多数の人々)よりもムンプスの発病率が相当高いのが一般的である。

例えば、1,000人の人々のなかでアウトブレイクが発生したとしよう。これら1,000人のなかの950人がワクチンの2回接種を受けており、50人が未接種であったとする(接種率95%)[図1]。もし、未接種の人々のなかでの発病率が30%ならば、15人の未接種者が発症することになる。950人の接種者においては、発病率は3%であろうから、29人の接種者が発症することになる。それ故、アウトブレイクの期間にムンプスとなった44人の人々のなかの大多数(29人,66%)がワクチンを接種していることになる。これはワクチンが機能しなかったということを示すものではない。単に、未接種の人がかなり少なかったために、未接種者での発症者が少なかっただけである。仮に、1,000人のなかの誰も接種していなければ、アウトブレイクの規模は44人ではなく、300人ということになっていた[図2]。このシナリオでは、ワクチンは2回接種後ではムンプスを防ぐのに90%有効であり、それは未接種の集団での発病率は2回のワクチンを接種した集団での発病率よりも10倍高いことを意味するものである。ワクチンの有効性を計算するための公式は「(未接種群での発病率―接種群における発病率)/未接種群での発病率」である。ワクチンの2回接種はムンプスを予防するのに88%(範囲:66~95%)であると推定されている7)

図1

文献

  1. Wu JT. School closure and mitigation of pandemic (H1N1) 2009, Hong Kong
    http://www.cdc.gov/eid/content/16/3/pdfs/09-1216.pdf
  2. Zimmer SM. Historical perspective – Emergence of influenza A (H1N1) viruses. N Engl J Med 2009;361:279-85
  3. CDC. History and epidemiology of global smallpox eradication
    http://www.bt.cdc.gov/agent/smallpox/training/overview/pdf/eradicationhistory.pdf
  4. CDC. Mumps outbreak at a summer camp — New York, 2005
    http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5507a2.htm
  5. CDC. Update: Mumps outbreak – New York and New Jersey, June 2009-January 2010.
    http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/wk/mm5905.pdf
  6. CDC. Mumps outbreak on a university campus- California, 2011
    http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6148a2.htm
  7. CDC. Mumps: Outbreak‒related questions and answers for healthcare providers
    http://www.cdc.gov/mumps/outbreaks/outbreak-providers-qa.html

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長