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16号 透析室の感染対策
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2011年末、日本の透析患者が30万人に到達した。患者数が増えてゆくスピードは鈍化してきているものの、やはり今後の患者の増加は避けられない。ここでCDCの透析室感染対策を紹介する。

透析室の特殊性

透析室は感染対策上、極めて特殊である。透析室は病棟ではない。血液飛散が頻回にみられる特殊な環境であり、手術室に近い。手術室では個室にて手術しているが、透析室では数件の小手術を同じ部屋で同時におこなっている。それ故、透析室に一般病棟の感染対策を持ち込むことは極めて危険であり、一般病棟で行われている「標準予防策」と「透析室の感染対策」を混同してはならない1)

「標準予防策」と「透析室の感染対策」の相違

透析室の感染対策の大きな特徴は環境表面に付着している病原体(特にHBV)について強く警戒していることである。そのため、患者および透析ベッド周辺の環境に触れるときの手袋の装着と供給器材や薬剤などの表面を複数の患者に接触させないための努力がなされている1)

手袋

  • 標準予防策:血液、体液、分泌物、排泄物などに触れるときのみに装着する
  • 透析室の感染対策:患者や透析器材に触れるときはいつでも装着する

器具・薬剤

  • 標準予防策:供給器材、器具、薬剤を単一の患者に使用するように制限はしていない
  • 透析室の感染対策:これらを患者間で共有しない。薬剤トレイやカートは使用しない

透析室におけるHBV対策

透析室ではHBVは環境表面を介して患者間を伝播する。透析では目にみえないほどの血液がベッド周辺に飛び散ったり付着したりすることがある。HBVは環境表面に7日間生き続けることができる。そのため、スタッフが手袋を新しく交換したとしても環境表面に触れてしまうと、HBVは手袋に付着する。その手袋を装着した手で別の患者のシャント穿刺部位に触れれば、HBVが移動することになる[図1]1)

このようなHBVの感染経路ゆえに、HBV感染患者は個室にて透析するのが望ましい。個室が用意できなければ、透析室の片隅にHBs抗原(+)患者のベッドを固定する。そして、その周囲にHBs抗原(-)HBs抗体(+)の患者を配置し、さらにその外側のベッドでHBs抗原(-)HBs抗体(-)の患者の透析を行う。すなわち、HBs抗体(+)患者をHBs抗原(+)患者とHBs抗原-)HBs抗体(-)の間の緩衝に利用するのである[図2]。このようにすれば、HBVが環境表面に付着したとしても感受性のある患者がそこを触れることはない。

透析患者がHBVに感染すると、殆どがキャリアとなり、HBVを環境表面に付着させるので、HBV感染した透析患者を迅速に見つけ出すことが重要である。従って、HBs抗原検査を毎月実施するのが望ましい1)

HBs抗原(-)HBs抗体(-)の患者には悉くHBVワクチンを接種し、HBs抗体(+)を獲得しておく必要があるが、透析患者は免疫が低下しているため、ワクチンによるHBs抗体の獲得率は低い。しかし、透析導入前の患者では抗体獲得率が高いので、将来透析が必要になりそうな患者にはあらかじめ接種しておくことが大切である2)

図1-2

透析室におけるHCV、HIV対策

HCVやHIVに感染している透析患者についてはベッドを指定する必要はない。HBVに比較して患者の血中のウイルス量が極めて少ないので、環境表面を介しての伝播の可能性が殆どないからである。また、HBs抗体については1つのサブタイプの感染や予防接種はすべてのサブタイプへの免疫を与えるが、HCV抗体では1つの遺伝子型またはサブタイプの感染は他のHCVの再感染や重複感染を予防しない。そのため、環境表面がHCVの伝播経路であるということで、HCV感染患者のベッドを固定し、複数のHCV患者をそのベッドで透析するというのは、HCV患者間でのウイルス伝播を許すことになる。HIVについても同様である。それ故、HCVやHIVについてはベッドの指定ではなく、透析後の清掃などの環境対策を徹底することによって対応するのが適切である1)

HBV対策としてはHBs抗原を毎月検査することが推奨されるが、HCVについてはAST、ALTを毎月測定する。肝酵素の上昇はHCV抗体よりもC型肝炎についての感度のよい指標だからである。このような対策はHCVの集団感染が見られている場合には特に重要である1)

日常的な透析室の感染対策

  • 透析スタッフは血液が噴出したり飛び散ったりする処置(透析開始時と終了時など)を実施するときにはガウン、フェースシールド、ゴーグル、マスクを装着して血液飛散に備える。これはHBV、HCV、HIVなどの感染の有無に関係なく、すべての患者について実施する1)
  • 薬剤の調整・準備は透析ベッドとは別の場所にある薬剤専用の部屋や区域で実施する。この区域では、使用済みの器材・サプライ、血液、バイオハザード容器を保管しない。薬剤は各々の患者に個別に配給するが、薬剤を運搬するために共通カートを使用しない1)
  • 透析ベッドに持ち込まれた物品は使い捨てとしたり、1人の患者のみに使用する。透析ベッドに持ち込んだ未使用の薬剤やサプライ(注射器、アルコールスワブなど)は共通区域に戻さない1)
  • 透析後は透析ベッドの環境表面(透析ベッド/椅子、カウンターの上、透析装置の外表面)を清掃する。この場合、石鹸、洗浄剤、洗浄消毒薬のどれかを用いるが、血液が付着した場合は次亜塩素酸ナトリウム液を用いる1)

文献

  1. CDC. Recommendations for preventing transmission of infections among chronic hemodialysis patients.
    http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5005.pdf
  2. CDC. Guidelines for vaccinating kidney dialysis patients and patients with chronic kidney disease.
    http://www.cdc.gov/dialysis/PDFs/Vaccinating_Dialysis_Patients_and_Patients_dec2012.pdf

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長