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36号 エボラウイルスとエアロゾル
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エボラウイルス病の患者をケアするときには個人防護具を装着する必要があるが、そのなかにはN95マスクが含まれている。エボラウイルスは患者に直接接触することによって伝播することから、手袋とガウンを用いた接触予防策のみで十分なはずである。しかし、エアロゾルが産生される不測の事態に備えて、CDCはN95マスクの装着を推奨している1)
ヒトではエボラウイルスのエアロゾル感染は証明されていないものの、動物での実験的条件下では感染することが証明されている。ここではCDCが「エボラウイルスのヒト-ヒトの伝播のレビュー」2)で引用した文献から、エアロゾル感染を示唆している動物実験を紹介する。

[実験1]エアロゾル化したエボラウイルスによるアカゲザルの致死的な実験的感染3)

頭部のみをエアロゾルに曝露させるシステムをサルに用いることによって、エボラウイルスのエアロゾル感染が発生した。この実験では、ウイルスを含んだ0.8~1.2ミクロンの飛沫を発生させ、アカゲザルの気道に吸入させた。僅か400pfu(plaqueforming units)のウイルス量のエボラウイルスを吸い込むことによって発症し、4~5日で急死した。皮下出血および静脈穿刺部位の出血や漿液性血性鼻汁を除いて、症状はエボラウイルスを経口的に投与した場合と同じであった。

[実験2]ヒト以外の3種の霊長類におけるザイールエボラウイルスのエアロゾル曝露:疾患経過および臨床病理の相違4)

エボラウイルス病の最も適したモデルとして、どの種が適切かを決定するために、カニクイザル、アカゲザル、アフリカミドリザルにザイールエボラウイルスのエアロゾルを曝露させた。カニクイザルとアカゲザルでは発熱した後に点状出血がみられたが、アフリカミドリザルには点状出血はみられなかった。発熱期間については、アカゲザルが最も短く(62.7±16.3時間)、カニクイザル(82.7±22.3時間)とフリカミドリザル(88.4±16.7時間)では長かった。エボラウイルスは投与後3日で血液中に検出され、ウイルス量は3種すべてで同じであった。血液学的変化は3種すべてでみられ、それはリンパ球減少と血小板減少であった。血液凝固時間はアフリカミドリザルで最も延長した。症状と死亡までの期間はすべての種において、ザイールエボラウイルスを経口的に投与した過去の報告と同じであった。

[実験3]生物学的封じ込め実験室内における、コントロールの非感染サルへのエボラウイルス(ザイール株)の伝播5)

アカゲザル3頭を、実験的にエボラウイルスを投与されたサルと同室で飼育したところ、直接接触がなかったにも拘わらず、3頭中2頭が感染した。これら2頭は実験的にウイルスが接種されたサルが死んでから10および11日後にエボラウイルスにて死んだ。最も可能性のある感染経路は、実験的に感染させたサルから分泌もしくは排泄されたウイルスを含んだ飛沫へのエアロゾル曝露、経口曝露、結膜曝露であると考えられる。

[実験4]ヒト以外の霊長目へのブタからのエボラウイルスの伝播6)

直接接触がなくても、ブタからカニクイザルにザイールエボラウイルスが伝播することが示された。興味深いことに、同じ飼育状態であっても、カニクイザル間での伝播は観察されなかった。この研究では、子ブタにザイールエボラウイルスを口や鼻から投与して、カニクイザルを接近できないケージシステムを用いて飼育している部屋に子ブタを移動させた。その結果、すべてのカニクイザルが感染した。ウイルスは子ブタの口や鼻のスワブで検出され、カニクイザルの血液、スワブ、組織でも検出された。これは種を越えた実験的なウイルス伝播を証明したものである。

これらの動物実験から、エボラウイルスは実験的にエアロゾル感染することが明らかとなった。しかし、臨床現場でエアロゾル感染が発生しているかというとそうではない。エボラウイルスはヒトとヒトの直接接触によって伝播することが殆どである。それを裏付ける臨床的研究結果がある。エボラ出血熱の伝播経路を調査するために、コンゴ民主共和国のキクウィト市において、家族にエボラウイルス感染者がいる27世帯の生存者にインタビューした研究がある7)。一次感染者の家族接触者173人中28人(16%)がエボラウイルス病を発症した。それら二次感染者全員が患者への直接的な身体的接触があったが、患者への身体的接触のない78人は感染しなかった。このような状況は、エボラウイルスは病期の後期の患者もしくは体液に直接接触することによって伝播することを示唆している。一方、キクウィト市での316人のアウトブレイクについての報告では、感染者をケアしているときに濃厚接触することが主要な伝播経路であることを示しているものの8)、飛沫、飛沫核、媒介物によって伝播した可能性も示されている。エアロゾルが絶対に発生しなければ、N95マスクは必要ないかもしれない。しかし、偶発的にエアロゾルが発生することもありうるので、やはり、N95マスクの装着は必要である。

文献

  1. CDC. Guidance on personal protective equipment to be used by healthcare workers during management of patients with Ebola virus disease in U.S. hospitals, including procedures for putting on (donning) and removing (doffing)
    http://www.cdc.gov/vhf/ebola/hcp/procedures-for-ppe.html
  2. CDC. Review of human-to-human transmission of Ebola virus
    http://www.cdc.gov/vhf/ebola/transmission/human-transmission.html
  3. Johnson E, et al. Lethal experimental infections of rhesus monkeys by aerosolized Ebola virus. International Journal of Experimental Pathology. Aug 1995;76(4):227-236.
  4. Reed DS, et al. Aerosol exposure to Zaire ebolavirus in three nonhuman primate species: differences in disease course and clinical pathology. Microbes and infection / Institut Pasteur. Oct 2011;13(11):930-936.
  5. Jaax N, et al. Transmission of Ebola virus (Zaire strain) to uninfected control monkeys in a biocontainment laboratory.The Lancet. Dec 23-301995;346(8991-8992):1669-1671.
  6. Weingartl HM, et al. Transmission of Ebola virus from pigs to non-human primates. Scientific Reports. 2012;2:811.
  7. Dowell SF, et al. Transmission of Ebola hemorrhagic fever: a study of risk factors in family members, Kikwit, Democratic Republic of the Congo, 1995 . Commission de Lutte contre les Epidemies a Kikwit. The Journal of Infectious Diseases. Feb 1999;179 Suppl 1:S87-91.
  8. Roels TH, et al. Ebola hemorrhagic fever, Kikwit, Democratic Republic of the Congo, 1 9 9 5 : risk factors for patients without a reported exposure. The Journal of Infectious Diseases. Feb 1999;179 Suppl 1:S92-97.

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長