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38号 仔牛を載せたトラックの事故によるクリプトスポリジウム症のアウトブレイク
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クリプトスポリジウムは糞口感染し、汚染したレクレーション水・未処理の飲用水・食物の摂取、感染したヒトや動物(特に、離乳前の仔牛)に接触することによって伝播する下痢性疾患である。今回、ホルスタイン仔牛を載せたトレーラートラックの横転事故を対応した人々において、クリプトスポリジウム症のアウトブレイクが発生した。15人の救急レスポンダー(対応者)のうち、6人にクリプトスポリジウム症が確認された。緊急時であっても人獣共通感染症に対する十分な対応が必要であることを痛感させる事例であるため紹介する1)

事故の状況

2013年3月10日の早朝、雪嵐の中で約350頭のホルスタイン仔牛を運んだトレーラートラックがカンザス州のコルビー近くで横転した。仔牛の多くは死んだが、残りの多くの仔牛はトラックの外に四散していた。警察官と郡保安官が事故を対処し、交通を制御して、現場の安全を確保した。警察官は馬や牛のトレーラーを持っている市民ボランティアおよびレッカー会社に依頼して、トラックを立て直し、そして仔牛を守った。

仔牛は極めて幼く、横転による外傷とストレスのために、事故で生き残った仔牛の殆どは歩くことができなかった(仔牛の殆どが下痢をしていた)。そのため、レスポンダーがトレーラーに運ばなければならなかった。死んだ仔牛は壊れたトラックに積み込まれ、地域の取引小屋に持ち込まれた。翌日、レッカー会社のスタッフが取引小屋に戻って、仔牛の死体を化製場(家畜の死体などを処理する施設)に移動させるために別のトラックに載せた。また、事故当時は雪嵐によって町のいくつかの地区では停電が発生していた。4月になってから、カンザス州保健所および環境感染症疫学対応課に救急レスポンダーにおいて2件のクリプトスポリジウム症が発生したという連絡が入った。

アウトブレイク調査

2件のクリプトスポリジウム症の報告を受けたことによって、調査官はクリプトスポリジウム症が「現場で仔牛や糞便に曝露したこと」および「停電地区に戻ることによって、十分な手洗いをするためのお湯が利用できず、また、器具や衣類の除染ができなかったこと」が関連していると推定した。そして、「その他に患者がいないか?」「クリプトスポリジウム症に関連する危険因子は何か?」の調査が救急レスポンダーについて実施された。この調査では、可能性例および確定例が下記のように定義された。

可能性例

救急レスポンダーが横転事故に対応したあと10日以内に、下痢(24時間以内に軟便もしくは水様性便を3回以上)および腹痛、嘔吐、食欲不振のいずれかを経験する

確定例

可能性例の定義を満たしていて、かつ、クリプトスポリジウム感染症の検査根拠がある
まず、アウトブレイク特有の質問票を用いて、電話にて救急レスポンダーがインタビューされた。この事故に対応したのは15人であり、全員がインタビューされた。その結果、6人(40%)のレスポンダーが発症しており、このうち、2人(33%)が確定例、4人(67%)が可能性例であった。16人のレスポンダーのうち14人(93%)が男性であったが、発症者は全員が男性であり、その年齢は17~34歳(中央値=29歳)であった。5人(33%)が警察官であり、そのうちの1人が発症した。10人(67%)のレスポンダーにはレッカー会社スタッフ、事故トラックのドライバー、市民が含まれており、そのうち5人が発症した。下痢以外に多くみられた症状は、腹痛、食欲不振、体重減少であり、5人(83%)が医療機関を受診した。死亡した者や入院した患者はいなかった。統計学的分析によると、発症者は発症しなかった者よりも救急対応時に仔牛を運んだこと(相対危険度[RR]=3.0)、および糞便に接触したこと(RR=4.5)が統計学的に多かった。救急対応のあとに停電地区に戻ったレスポンダーは停電のない地域に戻ったレスポンダーよりも発症しやすかった(RR=4.5)。しかし、この傾向には統計学的な有意差はみられなかった。救急対応しているときに、食物を口にした人は報告されていなかった。すべての飲み物は密閉されたプラスチックボトルに入っており、対応時に飲み物を消費したこととクリプトスポリジウム症には有意な関係はなかった(RR=2.5)。

問題点1

酪農場で生まれたホルスタイン牛は牛乳生産に用いられることが多いが、牛肉を生産するために他の地域に輸送されることがある。酪農場から輸送される仔牛は初乳に乏しく(註釈:すなわち、初乳に含まれる免疫を受け取ることができない)、多くの異なる農場からの仔牛と一緒に輸送される。これが仔牛におけるストレスと病原体の伝播を増大させている。下痢は仔牛でよくみられることであり、離乳前の仔牛はクリプトスポリジウム・パルブムに感染していることが最も多い。また、ストレスを受けた仔牛は腸管病原体の排出を増加させるような重症下痢を呈することが多い。

トラックの横転の前、仔牛は厳しい冬季のなかを込み入った状況で長距離輸送されていた。さらに、仔牛は生後10日未満であった。そのような日齢での仔牛の搬送は病原体の伝播の機会を提供し、厳しいストレスによってそれは増強されてしまう。また、横転および搬送での状況が病原体の伝播の可能性を増大した可能性がある。

問題点2

家畜(特に仔牛)への接触は人獣共通感染症の伝播の危険因子であることは医療従事者や畜産従業員には知られているが、救急レスポンダーは知らないことが多い。事故対応の前、レスポンダーは感染症予防の教育を受けていなかった。地域の人々も援助を依頼されたが、獣医が仔牛の適切なケアおよび取扱いについて相談されたことはなかった。獣医であれば、動物の適切な取扱いを監督するとともに、感染症の伝播を最小にする指針を提供できたかもしれない。

問題点3

横転事故は雪嵐のなかで発生しており、その時、町のいくつかの地区では停電がみられた。その結果、衣類および器具の洗浄と消毒が適切に実施できず、また、救急対応のあとの手洗いが不十分になった。これが感染の危険性を増加させたのかもしれない。

今後の対応

このアウトブレイクは救急対応においても、仔牛を取り扱う人は人獣共通感染症の伝播について知っている必要性を強調している。農場での緊急対応によって引き起こされる将来の人獣共通感染症のアウトブレイクを防ぐために、レスポンダーの教育は重要である。教育では救急対応および対応後の清浄における適切な個人防護具(使い捨ての上着、ゴム手袋、ゴム靴)の使用について言及すべきである。感染および再汚染を防ぐために、レスポンダーは仔牛を取り扱ったり、その糞便に接触したあとには全ての防護具を迅速に取り除いて消毒し、その後に石鹸と流水による十分な手洗いを実施すべきである。

救急対応での動物への接触によるヒトへの感染症は「①すべてのレスポンダーが人獣共通感染症の可能性を知っていること」「②適切な個人防護具の使用を含む適切な動物の取り扱いについての教育がなされること」「③レスポンダーが手指衛生を徹底し、糞便への接触のあとには衣類や器具を除染すること」がなされれば危険性を低減できるであろう。

文献

  1. CDC. Outbreak of Cryptosporidiosis among responders to a rollover of a truck carrying calves ̶ Kansas, April 2013
    http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6350a1.htm

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長