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40号 多剤耐性結核の曝露者のための「潜在性結核感染の治療」
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活動性結核の患者に曝露した人には「潜在性結核感染の治療」[ 註釈] が実施されることがある。これは曝露した状況、曝露した期間、曝露者の免疫状態などを考慮して判断される。ここで問題となるのは多剤耐性結核(multidrug resistant tuberculosis:MDR TB)である。活動性結核の正確な診断と治療は現在の最優先事項ではあるが、活動性結核への接触者がMDR TBを発症することを防ぐことも大変重要である。この場合にどのような抗結核薬を用いて「潜在性結核感染の治療」をすればよいのであろうか? ここではCDCの「新興感染症誌(Emerging Infection Diseases)に記載されている「多剤耐性結核に対するモキシフロキサシンを用いた予防」を紹介する1)。モキシフロキサシンはフルオロキノロン系抗菌薬である。

多剤耐性結核と「潜在性結核感染の治療」

MDR TBの患者に接触した人への「潜在性結核感染の治療」のための薬剤の安全性についてのデータは限られている。MDR TBは少なくともイソニアジドとリファンピシンには耐性なので、これらの薬剤はMDR TBの曝露時の治療レジメンからは外されている。現在の地域、米国、国際的なガイドラインは発端患者の結核菌に感受性のある薬剤を使用することを推奨しているが[ 表1 ] 、この推奨を支持するための無作為化比較試験は実施されていない。

表1 . 多剤耐性結核患者の接触者のための「潜在性結核感染の治療」の推奨

  • 薬剤感受性患者に曝露した接触者はイソニアジド単独で治療する
  • 発端患者の結核菌に感受性のある抗結核薬を3種類以上用いて治療するが、これにはピラジナミドおよびエタンブトールが含まれる。
  • ピラジナミドもしくはエタンブトールに加えてフルオロキノロン系抗菌薬を用いて治療する
  • 活動性結核の症状について、2年間の臨床的モニタリングをする

MDR TBは世界的に拡散しており、2013年には世界で約48万人がMDR TBに罹患した2)。このような患者に曝露した人が受け入れることができるような安全性と耐薬性のある治療レジメンが必要である。特に、HIV感染者は結核に曝露すると、潜在性結核感染から活動性結核に進行する危険性が高いので、「潜在性結核感染の治療」の重要性はさらに高まっている。

現在推奨されている治療レジメンには何らかのリスクがある。実際、エタンブトールもしくはフルオロキノロン( オフロキサシンおよびレボフロキサシンを含む)とピラジナミドを組み合わせた「潜在性結核感染の治療」において重大な副作用が示されている。しかし、モキシフロキサシンもしくはレボフロキサシンをベースとしたレジメンで治療された接触者についての最近の研究では重篤な副作用はみられず、また、無治療の人よりも治療した人での結核の発症も少なかった。

ニューヨーク市におけるアウトブレイク

2005年、ニューヨーク市において、2件の結核のアウトブレイク(これらは異なるMDR TB株である)がHIV感染者の集団の中で発生した。どちらのアウトブレイクにおいても、接触者の定義は「①感染性のある期間に発端患者が住居している、もしくは、訪れた階にいる建物の居住者」および「②発端患者に直接ケアを提供した医療従事者」とした。接触者には潜在性結核感染から結核発症へ進展することを防ぐためにモキシフロキサシンをベースとした「潜在性結核感染の治療」がなされ、9年間のフォローアップが行われた。

1件のアウトブレイクでは結核菌はイソニアジド、リファンピシン、エタンブトール、ピラジナミド、ストレプトマイシン、リファブチン、カナマイシンに耐性であったため、モキシフロキサシンによる「潜在性結核感染の治療」がおこなわれた。もう1件のアウトブレイクでは結核菌はイソニアジド、リファンピシン、リファブチンに耐性であったため、モキシフロキサシンとピラジナミドの併用が実施された。治療を開始した50人の接触者のうち、30人(60%)が治療を完遂した。治療薬は一般的によく耐えられたが、3人の接触者は胃腸症状(吐き気、嘔吐、下痢)ゆえに治療を中断した。治療の状況にかかわらず、結核を発症した接触者はいなかった。この研究では治療レジメンの有効性を評価できないが、モキシフロキサシンをベースとしたレジメンには重篤な副作用が殆どみられずにMDR TBに曝露したHIV感染者を治療するために用いることができることを示している。

文献

  1. Lisa Trieu, et al. Moxifloxacin prophylaxis against MDR TB, New York, New York, USA.
    http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/21/3/pdfs/14-1313.pdf
  2. World Health Organization Global Tuberculosis Report 2013.
    http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/91355/1/9789241564656_eng.pdf

[註釈]
結核患者に曝露した人が活動性結核を発症することがないように抗結核薬(一般的にはイソニアジド単剤が使用される)を投与することを「化学予防」と呼んでいた。結核患者に曝露してから結核を発症するまでの過程は「結核患者への曝露→潜在性結核感染」「潜在性結核感染→結核発症」の2ステップに分けられるが、「化学予防」という名称ではどちらのステップに有効かが明確にはならない。この治療は後者に有効な治療であり、前者を対象としていない。すなわち、結核患者に曝露した人が結核菌にするのを防ぐことを目的としているのではなく、結核菌に感染してしまった人が結核を発症するのを防ぐことを目的としている。それを明確にするために、現在は「化学予防」ではなく「潜在性結核感染の治療」の名称が用いられている。「潜在性結核感染の治療」を実施する前には胸部レントゲンなどによって結核を発症していないことを確認する必要がある。

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長