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43号 MERSと自宅隔離
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韓国ではMERS(中東呼吸器症候群: Middle East Respiratory Syndrome)のアウトブレイクを収拾するために、様々な対応がなされている。そのなかで、「自宅隔離していた50代の女性が、地方に行ってゴルフをしたことが明らかになった」という報道があった。これによって、さらに多くの人々がMERSウイルス(Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus:MERS-CoV)に曝露したのではという表現もなされていた。
ここで、「隔離」について解説を加えたい。日本語の「隔離」には、「隔離」と「クアランティン」の2つの意味あるので混乱しないようにしなければならない1)
定義
「隔離(isolation) 」:感染性疾患を発症した人を、健康な人々から引き離して、活動を制限する「クアランティン(quarantine)」:感染性疾患に曝露したかもしれない健康な人々を、発症するかどうかが確定されるまで、健康な人々から引き離して、活動を制限する

韓国の報道にあった「自宅隔離」は明らかに「クアランティン」である。ゴルフを楽しむほどの健康な人だからである。
確かに、MERSウイルスに曝露した可能性がある人には「クアランティン」が必要かもしれないが、このとき、「自宅から出てはいけない」という指導のみでは不十分である。ここで、「クアランティン」の対象となっている人々に対するCDCの指針を紹介する2)。MERSウイルスに曝露した可能性があり、感染の有無について評価中の未発症の人が「クアランティン」の対象となる。

MERSウイルス感染について評価中の人々のための予防ステップ

貴方が、MERSウイルス感染について評価中の人ならば、医療担当者もしくは行政が「正常活動に戻ってもよい」と言うまでは、下記の予防ステップに従うべきである。

  • 自宅に滞在する。
    医療ケアを受けるとき以外には、自宅外での活動を制限する。職場、学校、公共区域には行かない。そして、公共交通やタクシーを使用しない。
  • 自宅では、家族とは離れて生活する。
    自宅では、可能な限り、他の家族とは別室に滞在する。また、可能であれば、別のバスルームを用いる。
  • 医療機関に受診する前には先に連絡する。
    病院予約を入れる前には、医療担当者に連絡して、MERSウイルス感染について評価中であることを告げる。
    そうすれば、医療担当者は他の人々が感染しないような対応を実施することができる。
  • フェイスマスクをする。
    他の人と同室する場合および医療担当者に受診するときにはフェイスマスクを装着する。もし、貴方がフェイスマスクを装着できなければ、同じ部屋に滞在している同居者がフェイスマスクを装着する。
  • 咳やくしゃみを覆う。
    咳やくしゃみをするときにはティッシュで口と鼻を覆う。もしくは、袖の中に向かって咳やくしゃみをする。
    使用したティッシュはゴミ箱に捨てて、迅速に石鹸と流水にて手洗いをする。
  • 手洗いする。
    石鹸と流水にて頻回かつ徹底的に手洗いをする。石鹸と流水が利用できなかったり、手が肉眼的に汚れていなければ、アルコール手指消毒薬を用いてもよい。手洗い前の手で目、鼻、口に触れないようにする。
  • 家庭内物品を共有しない。
    家庭では、皿、飲用グラス、コップ、食器道具、タオル、ベッド、その他の物品を他の人と共有しない。これらの物品を使用したあとには、石鹸と流水にて十分に洗浄する。/li>
  • 症状を監視する。
    病状が悪化したら( 呼吸困難など)、すぐに受診を求める。病院に受診する前には、医療担当者を呼び出し、MERSウイルス感染について評価中であることを告げる。そうすれば、医療担当者は他の人々が感染しないような対応を実施することができる。

介護者および家族のための予防ステップ

貴方がMERS ウイルス感染について評価中の人と同居もしくはケアをしているならば、下記を実施すべきである。

  • 医療およびケアについての医療担当者の指示を理解し、クアランティン対象者がそれらを遵守することを助ける。クアランティン対象者が自宅で必要な基本的なことを助け、雑貨品、処方薬、その他の個人的に必要なものを購入することを援助する。
  • 自宅には、クアランティン対象者のケアに必要な人のみが滞在するようにする。
    ・他の家族は別の家もしくは住居に滞在すべきである。これが可能でなければ、別の部屋に滞在する。
     もしくは、その人から可能な限り離れるようにする。可能であれば、別のバスルームを用いる。
    ・自宅への不必要な訪問者は制限する。
    ・高齢者、免疫不全、特定の疾患のある人をクアランティン対象者から遠ざける。
     これには慢性心・肺・腎臓疾患、糖尿病が含まれる。
  • 自宅の共有空間の空気流が良好であることを確認する(空調機、窓を開けるなど)。
  • 石鹸と流水にて頻回かつ徹底的に手洗いをする。石鹸と流水が利用できなかったり、手が肉眼的に汚れていなければ、アルコール手指消毒薬を用いてもよい。手洗い前の手で目、鼻、口に触れないようにする。
  • クアランティン対象者の血液、体液、分泌物( 汗、唾液、喀痰、鼻汁、嘔吐物、尿、下痢など) に触れるときには、使い捨てのフェイスマスク、ガウン、手袋を装着する。
    ・それらを使用したら、廃棄し、再利用しない。
    ・それらを廃棄したら、すぐに手洗いする。
  • 家庭内物品を共有しない。皿、飲用グラス、コップ、食器道具、タオル、ベッド、その他の物品をクアランティン対象者と共有すべきではない。これらの物品を使用したあとには、石鹸と流水にて十分に洗浄する。
  • 「手指の高頻度接触表面」( カウンター、テーブルの表面、ドアノブ、バスルームの備品、トイレ、電話、キーボード、タブレット、ベッドサイドのテーブル) は毎日洗浄する。また、血液、体液、分泌物、排泄物が付着している表面は洗浄する。
  • 洗濯物を十分に洗う。
    ・血液、体液、分泌物、排泄物が付着している衣類や寝具類はすぐに取り除いて洗う。
    ・汚れたものを取り扱うときには、使い捨ての手袋を装着する。手袋を外した後はすぐに手洗いする。
  • 手袋、ガウン、フェイスマスク、その他の汚染した器材は廃棄箱に捨てる。それらを取り扱ったあとには手洗いをする。
  • クアランティン対象者の症状を監視する。発症したら、医療担当者に連絡し、その患者がMERSウイルス感染の評価中であることを知らせる。そうすれば、医療担当者は他の人々が感染しないような対応を実施することができる。
  • MERSウイルス感染の評価中の人に濃厚接触するときに予防策を遵守しなかった家族は「濃厚接触者」として考えられ、健康について観察される。

濃厚接触者のための予防ステップ

貴方がMERS ウイルス感染の評価中の人に濃厚接触したならば下記を実施する。

  • 最初に曝露した日から健康状態を観察し始め、最後に曝露してから14日は観察を続ける。
  • 下記の症状に気を付ける。
    ・発熱( 体温を1日2回測定する)
    ・咳
    ・呼吸苦
    ・その他の早期症状( 悪寒、体痛、咽頭痛、頭痛、下痢、吐き気と嘔吐、鼻汁など)

文献

  1. CDC. Implementing home care and isolation or quarantine of people not requiring hospitalization for MERS – CoV
    http://www.cdc.gov/coronavirus/mers/hcp/home-care.html
  2. CDC. Preventing MERS-CoV from spreading to others in homes and com munities.
    http://www.cdc.gov/coronavirus/mers/hcp/home-care-patient.html

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長