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48号 脳食いアメーバ
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ネグレリア・フォーレリ(Naegleria fowleri)は別名「 脳食いアメーバ(brain-eating ameba)」とも呼ばれる病原体であり、鼻腔から脳に到達して人を死に至らしめる。儀式的な鼻うがいによって感染して脳死状態となったという報告もあり1 )、身近な病原体ともいえる。CDCの週報(MMWR:Morbidity and Mortality Weekly Report)にネグレリア・フォーレリによる髄膜脳炎の症例が再び報告され、その経過が記載されていたので紹介する2 )。ここでは、治療薬としてミルテホシンが用いられようとしていたことも興味深い。また、CDCは検査診断の目的で様々な形態のネグレリア・フォーレリの写真を公開しているのでそれについても提示する[図1~3]3 )

図1 ネグレリア・フォ―レリの栄養体(位相差顕微鏡写真)

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原発性アメーバ性髄膜脳炎の患者の髄液から培養されたネグレリア・フォ-レリの栄養体の位相差顕微鏡写真

図2 ネグレリア・フォ―レリの栄養体(ギムザ・ライト染色)

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固定された髄液において、多形核白血球および少数のリンパ球の真中にギムザ・ライト染色されたネグレリア・フォーレリの栄養体(矢印)がみられる。栄養体内には細胞核および核小体がみられる。

図3 原発性アメーバ性髄膜脳炎の患者の脳(下面)

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脳(主に前頭葉)に広範な出血と壊死がみられる。

ネグレリア・フォーレリ

原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM:primary amebic meningoencephalitis)は稀ではあるが、脳を破壊してしまう感染症であり、ネグレリア・フォーレリによ って引き起こされる。この病原体は世界中の温かい淡水でみられる自由生活性アメ ーバ(free – living ameba)である。このアメーバは水泳、散水、鼻腔洗浄などによって鼻腔に吸い込まれ、鼻粘膜に付着する。その後、 嗅神経を経由して篩板を通過し、脳に到達する。特に、前頭葉に広範なダメージを与える。

ミルテホシン

PAMは致死的な感染症であり、米国では僅か3例の生存例が報告されているに過ぎない。2013年8月、ネグレリア・フォーレリに活性を持つ抗寄生虫薬であるミルテホシン(miltefosine)がCDCから入手できるようになった。この薬剤は他の抗菌薬と併用することによって自由生活性アメーバ感染症の治療に使用される治験薬である。2013年にPAMの症例に治療薬の一つとして、ミルテホシンが投与されて治療に成功している。

テキサス州とフロリダ州ではミルテホシンの戦略的配置がなされている。ここは米国での症例の約半数が報告されているからであり、また、薬剤の輸送に関わる治療開始の時間の短縮によって生存率を増加させるかもしれないからである。

症例の経過

2014年6月27日、11歳の男性患者に頭痛、微熱、項部硬直、嘔吐がみられた。6月29日、ウイルス性髄膜炎という推定診断にて入院した。最初の髄液検査では運動性アメーバはみられず、また、他の全てのルチーン検査も陰性であった。しかし、彼の状態は悪化し、精神状態の変容、不明瞭言語、痙攣がみられるようになった。7月1日、挿管および人工呼吸が必要となった。7月1日夕方、2回目の髄液検体が採取され、7月2日の早朝に運動性アメーバが観察されたためフロリダ州保健所に報告された。主治医はCDCに相談して、ミルテホシンの入手を試みるも、その到着前の7月2日に患者は死亡した。7月9日、CDCはPCRにて髄液にネグレリア ・フォーレリの存在を確認した。

フロリダ州保健所による両親のインタビューによって、家族は2014年6月19日~6月27日にコスタリカのリゾートに旅行にいったことが判明した。6月23日、患者はそこで水泳、ジップライン(木々の間に張られたワイヤーロープを滑車を使って滑り降りるアクティビティ)、温泉での水滑り台を楽しんだ。フロリダ州では、ネグレリア・フォーレリの市民意識から淡水域への曝露を避けていたが、国際旅行ではPAMの危険性について意識しなかったとのことであった。そのリゾートの温泉や川や池からの水のサンプルからネグレリア・フォーレリが検出されている。

発症の1~9日前に淡水曝露の既往のある人において、臨床的に症状が一致すればPAMの診断を考慮すべきである。高い死亡率ゆえに、早期の治療と迅速な治療は重要である。医療従事者および一般の人々は世界中の温かい淡水にはネグレリア・フォーレリがいるかもしれないことを知っておくべきである。これにはアメーバの活動に適さない気候と思われている北米の地域も含まれる。

文献

  1. CDC. Notes from the Field : Primary Amebic Meningoencephalitis Associated with Ritual Nasal Rinsing – St. Thomas, U.S. Virgin Islands, 2012
    http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6245a5.htm
  2. CDC. Notes from the Field : Primary Amebic Meningoencephalitis Associated with Hot Spring Exposure During International Travel – Seminole County, Florida, July 2014
    http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/wk/mm6443.pdf
  3. CDC. Naegleria fowleri – Primary Amebic Meningoencephalitis (PAM) – Amebic Encephalitis : Videos and Photos of Naegleria fowleri
    http://www.cdc.gov/parasites/naegleria/naegleria-fowleri-images.html

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長