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61号 WHO「手術部位感染の予防のためのグローバル・ガイドライン」
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2016年11月3日、WHO(World Health Organization:世界保健機関)が「手術部位感染の予防のためのグローバル・ガイドライン」1)を公開し、29件の勧告を提示した。そのなかで予防抗菌薬の投与タイミングについて、「切開前の120分以内での投与開始」を推奨している。これは日本化学療法学会/日本外科感染症学会の「術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン」2)の「切開前の1時間以内での投与開始」の2倍の時間枠が提唱されていることになる。この部分について解説を加えたい。
勧告:予防抗菌薬は切開前の120分以内に投与することを推奨するが、抗菌薬の半減期を考慮する。[強い勧告](エビデンスの質:中等度)

予防抗菌薬とは

  • 予防抗菌薬(SAP:surgical antibiotic prophylaxis)は手術部位が手術中の汚染に曝露する前に効果的な抗菌薬を投与することによって、手術部位感染
    (SSI:surgical site infection)を防ぐことである。SAPは手術後の汚染によって引き起こされるSSIの予防を目的としない。
  • SAPを成功させるためには、汚染が発生する前に手術部位に効果的な濃度で抗菌薬が到達する必要がある。

予防抗菌薬の開始のタイミング

  • SAPの投与から切開までの時間間隔を比較している中等度の質のエビデンスは「切開前120分以内のSAPの投与に比較すると、120分以上前の投与はSSIを有意に増加させる」ということを示している。更に、切開後のSAPの投与は、切開前の投与と比較して、SSIが相当高くなるという低い質のエビデンスがある。
  • 切開前120分以内について、SAPの効果を評価している研究のデータ(「120~60分vs.60~0分」および「60~30分vs.30~0分」)がさらに解析されたが、有意な相違はみられなかった。これまで入手されているエビデンスに基づいて、切開前120分以内での最適なタイミングを更に正確に確立することは困難である。
  • 低い質のエビデンスは、切開前60分以内の投与は切開前60~120分での投与と比較して、SSI率の減少について有益でも有害でもないことを示した。同様に、切開前30~0分以内でのSAP投与は切開前60~30分以内と比較して、SSI率を減少させることに有益性も有害性もなかった。

SAPの開始のタイミングに影響を与える要因

  • ガイドライン作成チームのメンバーのなかには、短い半減期の抗菌薬の血清および組織での濃度を考慮すると、切開前120分以内にSAPを投与することは、切開に近いタイミングで投与するよりも、効果が劣るのではないかと心配するものもいた。このような理由もあり、切開前120分以内での投与の有効性の正確な時間を確定するためには、投与される抗菌薬の半減期を考慮することが推奨される。セファゾリン、セフォキシチン、ペニシリンのような短い半減期の抗菌薬では、切開に近いタイミング(60分以内)がよいかもしれない。
  • 長時間手術での再投与を考慮するときにも、抗菌薬の半減期に注意が払われるべきである。また、抗菌薬の蛋白結合についての憂慮が、セフトリアキソン、テイコプラニン、エルタメネムのような高い蛋白結合率の抗菌薬を選択する時に持ち上がるかもしれない。
  • このようなことから、切開時および手術全体における血清および組織での適切な濃度を確保するためには、抗菌薬の重要な薬物動態パラメータとして半減期および蛋白結合率を考慮することが大切である。
  • 特定の病態生理学的状況(例えば、重篤な疾患患者や超高齢者のような低い血清蛋白レベルの患者)では、薬物動態が影響を受けるかもしれない。低栄養、肥満、悪液質、蛋白漏出を伴う腎臓疾患では、正常もしくは亢進した腎臓機能による抗菌薬の消失を通じて、抗菌薬濃度が最適濃度を下回るかもしれない。重篤な腎機能障害の存在下では抗菌薬の過剰曝露や中毒作用もありうる。
  • フルオロキノロン系薬やバンコマイシンのような抗菌薬は1~2時間以上かけて投与する必要がある。

文献

  1. WHO.Global guidelines for the prevention of surgical site infection
    http://www.who.int/gpsc/global-guidelines-web.pdf
  2. 日本化学療法学会/日本外科感染症学会. 術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン
    http://www.chemotherapy.or.jp/guideline/jyutsugo_shiyou_jissen.pdf

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長