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83号 環境が抗真菌薬に曝露することによる多剤耐性アスペルギルスの出現
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AMRアクションプランではワンヘルス(One health)の概念が大切である。これは人の健康を守るためには動物や環境にも目を配って取り組む必要があるという概念である。環境が抗真菌薬に曝露したことによって多剤耐性アスペルギルス・フミガーツス(Aspergillus fumigatus)が発生したことをCDCが報告しているので紹介する1)
環境の糸状菌であるA. fumigatusは侵襲性アスペルギルス症の主な原因病原体である。造血幹細胞移植患者のような高リスクの患者では致死率は50%を越えるが、トリアゾール系抗真菌薬はその生存率を大きく改善した。しかし、トリアゾール耐性A. fumigatus感染症の報告が世界中で増加しており、治療の失敗や致死率が増えている。特に心配なのは、遺伝子耐性マーカーのTR34/L98HもしくはTR46/Y121F/T289Aのどちらかを有している耐性分離株である。この耐性株は「患者がトリアゾール系に曝露する」よりも「環境がトリアゾール系に曝露する」ことが関連していた。米国では7件のTR34/L98H分離株が検出されているが、そのうち4件がペンシルベニア州からであり、2件がバージニア州、1件がカリフォルニア州からであった。3件の分離菌は侵襲性肺アスペルギルス症の患者から収集されている。そして、4人の患者にはトリアゾール系への曝露歴はなかった。

トリアゾール系抗真菌薬

トリアゾール系は侵襲性アスペルギルス感染症(免疫不全患者を脅かす日和見感染症)の治療薬として重要な薬剤である。侵襲性アスペルギルス症は抗真菌治療が実施されなければ殆ど致死的であるが、アンホテリシンBの使用によって改善した。ボリコナゾール、ポサコナゾール、イトラコナゾールのような糸状菌に活性のあるトリアゾール系(アンホテリシンBよりも有害事象は少ない)の導入によって、臨床的予後は更に向上した。

トリアゾール系の環境曝露

これらに構造的に類似したトリアゾール系が農業やその他の環境適用で広範に使用されている。A. fumigatusは植物に対する病原体ではないが、土壌や腐敗植物ではよくみられる真菌である。農業やその他の環境適用において、A. fumigatusが抗真菌薬に曝露することによって、トリアゾール系への耐性変異が選択されることがある。A. fumigatusの胞子は空気を通って長距離を移動するので、抗真菌薬が使用されていない農業地域であっても、耐性株による感染症の危険がある。

トリアゾール系への耐性化

欧州では分子疫学調査によって、環境がトリアゾール系に曝露したことに関連したA. fumigatusの2つの耐性遺伝子型が同定されている。これらの遺伝子型(TR34/L98HおよびTR46/Y121F/T289A)は薬剤標的のCyp51A(真菌の細胞壁合成に関連している)を変化させることによってトリアゾール系に耐性化を与えている。重要なことはTR34/L98Hはfitness cost(訳者註:耐性遺伝子を保有することによる代償として求められる生存競争のための負担)もしくは真菌の生き残り不利を受けるとなく、糸状菌に活性のあるトリアゾール系に耐性を与えることである。この遺伝子型のA. fumigatusは環境(堆肥、種子、土壌、商業用植物球根、患者世帯など)から分離されている。

ヒトにおける耐性株

これらの変異は環境分離株から繰り返して検出されているが、トリアゾール系で長期治療されている患者(耐性が発生するかもしれない人々)から検出されることは通常みられない。実際、TR34/L98H分離株のある患者の殆ど(50~75%)がトリアゾール系治療に曝露していない。
2015年まで、米国ではこれらの遺伝子型の分離菌の報告はなかった。しかし、2015年に米国の真菌レファレンス研究室は2001~2014年に収集された220件の臨床分離株の中で2件のTR34/L98Hと2件のTR46/Y121F/T289Aの分離株を検出したことを報告した。2017年にはTR34/L98Hの分離株がトリアゾール系が散布されていた商用ピーナッツ畑から得られている。結局、米国ではTR34/L98Hが7件、TR46/Y121F/T289Aが3件が報告されているが、TR34/L98Hの7人の患者のうち4人は培養後に抗真菌薬で治療されていなかった。これら4件の分離菌のすべてが喀痰もしくは肺胞気管支洗浄からのものであり、これは感染よりも保菌を反映している。重要なことは、4人の患者は耐性分離株の培養前には抗真菌薬への曝露がなかったことである。このことは環境がトリアゾール系に曝露したときに耐性が選択されたことを示唆している。2016~2017年にCDCで同定された5件の分離株は医療施設、処置、住居の地域を共有していない患者から得られたことから、医療ケアでの耐性獲得でないことを示している。

今後の対応

環境がトリアゾール系に曝露することによって、A. fumigatusが耐性を獲得し、耐性株の胞子が空気を介して伝播して、人々に吸い込まれるならば、トリアゾール系の環境への使用およびこの区域でのトリアゾール系耐性A. fumigatusの存在を更に調査する必要がある。そして、トリアゾール系の使用歴のない患者であっても、トリアゾール系耐性A. fumigatusの可能性があることを医師や微生物学者は知っておく必要がある。

文献

  1. Multidrug-Resistant Aspergillus fumigatus Carrying Mutations Linked to Environmental Fungicide Exposure̶ Three States, 2010‒2017
    https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/67/wr/pdfs/mm6738a5-H.pdf

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 衛生管理室長