ケンエーIC News

110号 SARS-CoV-2の変異株
PDFファイルで見る
複数のSARS-CoV-2変異株が世界中で流行している。2020年の秋に、いくつかの新しい変異株が登場した。特に重要な変異株について、CDCが解説しているので紹介する1)

Ⅰ.新しい変異株

B.1.1.7系統(註釈:所謂、英国型)

英国では、B.1.1.7系統が非常に多くの変異を伴って出現した。B.1.1.7系統は別名「20I/501Y.V1」または「Variant of Concern(VOC)202012/01」と呼ばれている。この変異株は、スパイク蛋白質受容体結合ドメインの501番目のアミノ酸に変異があり、そこではアスパラギン(N)がチロシン(Y)に置き換えられている。この変異の略名をN501Yと言う。この変異株には、他にもいくつかの変異(69/70欠失、P681H、ORF8ストップコドン)がある。
B.1.1.7系統は、2020年9月に英国で最初に出現したと推定されており、2020年12月20日以降、米国やカナダなど、いくつかの国でもB.1.1.7系統の症例が報告されている。この変異株は、伝播性の増加(すなわち、より効率的で迅速な伝播)に関連している。現時点では、B.1.1.7系統が疾患の重症度やワクチンの有効性に影響を与えることを示唆する証拠はない。

B.1.351系統(註釈:所謂、南ア型)

南アフリカにおいて、B.1.351系統がB.1.1.7系統とは独立して出現した。B.1.351系統は別名「20H/501Y.V2」と呼ばれている。この変異株は、B.1.1.7系統といくつかの変異を共有している。B.1.351系統では、スパイク蛋白質に複数の変異(K417T、E484K、N501Yなど)がみられるが、英国で検出されたB.1.1.7系統とは異なり、69/70欠失は含まれない。

B.1.351系統は、2020年10月の初めに遡った検体によって、南アフリカのネルソンマンデラベイで最初に特定され、その後、南アフリカの国外でも症例が報告された。2020年12月下旬にザンビアでも確認され、その時点で同国での優勢な変異株となっていた。
現在、B.1.351系統が疾患の重症度に影響を与えることを示唆する証拠はない。スパイク蛋白質の変異の1つであるE484Kが、一部のポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体による中和に影響を与える可能性があることを示すいくつかの証拠がある。

P.1系統(註釈:所謂、ブラジル型)

ブラジルにおいて、P.1系統が出現した。P.1系統は別名「20J/501Y.V3」と呼ばれている。この変異株は日本の東京郊外の羽田空港での定期的なスクリーニング検査によって、ブラジルからの4人の旅行者で特定された。P.1系統には、スパイク蛋白質受容体結合ドメインの3つの変異(K417T、E484K、N501Y)を含む、17の固有の変異がある。P.1系統の変異のいくつかは、その伝播性と抗原性に影響を与える可能性があり、過去の自然感染またはワクチン接種によって産生された抗体がウイルスを認識して中和する能力に影響を与える可能性があることを示唆する証拠がある。
最近の研究では、アマゾン地域で最大の都市であるマナウスで、クラスターが報告され、そこでは12月下旬から塩基配列決定された標本の42%でP.1系統が特定された。この地域では、2020年10月の時点で人口の約75%がSARS-CoV-2に既に感染していると推定されているが、12月中旬以降、この地域での症例数が急増している。この変異株の出現は、SARS-CoV-2再感染による伝播または増加の懸念を引き起こしている。

Ⅱ.変異株の潜在的な能力

新規変異株の潜在的な能力には下記のものが挙げられる。

人々に更に迅速に流行する能力

1つの変異D614Gが、野生型SARS-CoV-2(註釈:野生型とは主要な変異を含まないウイルスのこと)よりも迅速に流行する能力の増加をもたらしているという証拠がある。研究室では、614G変異株はヒト呼吸上皮細胞でより速く増殖し、614Dウイルスを凌駕する。614G変異株が変異のないウイルスよりも速く流行するという疫学的証拠もある。

人々に更に軽症または更に重症の疾患を引き起こす能力

最近同定されたSARS-CoV-2変異株が以前のものよりも重篤な疾患を引き起こすという証拠はない。

特定の診断検査による検出を回避する能力

ほとんどの市販のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査には、SARS-CoV-2を検出するための複数のターゲットがあり、変異がターゲットの1つに影響を与えた場合でも、他のPCRターゲットは機能する。

モノクローナル抗体などの治療薬に対する感受性を低下させる能力

感染誘導免疫もしくはワクチン誘導免疫を回避する能力

SARS-CoV-2に対するワクチン接種と自然感染の両方が、スパイク蛋白質のいくつかの部分を標的とする「ポリクローナル」免疫応答を引き起こす。SARS-CoV-2はワクチンまたは自然感染によって誘発される免疫を回避するために、スパイク蛋白質に複数の変異を蓄積する可能性がある。

文献

  1. CDC. Emerging SARS-CoV-2 variants
    https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/more/science-and-research/scientific-brief-emerging-variants.html

矢野 邦夫

浜松医療センター院長補佐
兼 感染症内科部長
兼 衛生管理室長