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139号 アリゾナ州におけるウエストナイルウイルスの前例のないアウトブレイク
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米国アリゾナ州マリコパ郡でウエストナイルウイルスの大きなアウトブレイ クが発生した。その詳細をCDCが報告しているので紹介する1)

ウエストナイルウイルス

  • ウエストナイルウイルス(WNV: West Nile virus)は節足動物媒介性アルボウイルスであり、主にイエカ属(Culex species)の感染蚊に刺されることによって伝播する。
  • 輸血によっても感染することがある。そのため、2005年以来、食品医薬品局(FDA)は、個々の献血サンプルを合わせたミニプールのWNV核酸検査を実施し、陽性結果が検出されると自動的に個々の献血検査に切り替えることを推奨している。
  • WNVに対するワクチンや特別な治療法は存在しない。したがって、治療は対症療法となる。侵襲性神経疾患の患者の致死率は10%である。
  • WNVのアウトブレイクの頻度と場所は毎年変化しており、予測するのは困難である。アリゾナ州では、2003年に初めてWNVが検出(12件)され、その大部分はマリコパ郡住民であった。マリコパ郡でこれまでに記録された最大のアウトブレイクは2004年(患者数355人)に発生した。

蚊のサーベイランス

  • マリコパ郡環境サービス局ベクター制御部門(MCESD-VCD)は、蚊が多いとする住民の苦情に基づいて蚊のサーベイランスと駆除を実施し、郡内の特定の場所で蚊取り器を定期的に配置している。
  • 蚊がトラップ内で見つかると、最大50匹のメスのイエカ属のグループ(プール)に編成し、1つのサンプルとして検査する。この場合、RT-PCRを使用して各プールのWNVが検査される。WNV陽性蚊プールとは、サンプルがWNV陽性である蚊プールのことである。
  • この検査によって、ベクター指数(VI: vector index)[毎週の蚊のサーベイランス中に収集された、特定の地域における特定の種の感染蚊の推定割合]が計算される。
  • マリコパ郡でこれまでに記録された最高のVIは、2019年の19.4であった。MCESD-VCDはVIが3.0を超えると、2~3週間以内にWNV患者の増加が予想されることをマリコパ郡公衆衛生局(MCDPH)に通知する。
  • 2021年5月4日、MCESD-VCDは MCDPHに2021年最初のWNV陽性蚊プールを通知した。そして、蚊のサーベイランスを継続し、成虫駆除剤の適用を開始した。
  • 6月11日、MCESD-VCDはVIが3.0を超えたことをMCDPHに通知した[図]。

図 疫学週の開始日別†のウエストナイルウイルス患者数(N = 1,487)§、ベクター指数*、公衆衛生対応 — アリゾナ州マリコパ郡、2021年

  • 8月12日、VIは前週と比較して約127%(5.11から11.57)増加した。
  • 9月2日までに、VIは46.72となった。9月11日の週のピークは53.61となり、郡内での過去最高レベルを記録した。

WNV患者

  • 2021年中に、MCDPHは1,487人のWNV患者の確定例または疑い例、さらに78人の無症候性ウイルス血症献血者を特定した。
  • WNV患者の大多数(95%)は、2021年8月15日から11月6日までの12週間に発症した。
  • 9月25日、アウトブレイクは単一の週間で報告された患者数236人とピークに達した。
  • WNV患者1,487人のうち、956人(64.3%)が侵襲性神経疾患に分類され、101人(6.8%)が死亡した。すべての死亡は侵襲性神経疾患患者であった。
  • 定期的な献血スクリーニングによって特定された78人の無症候性献血者に加えて、1,487人のWNV患者のうち25人が症候性献血者であると特定された。これらの症状のある患者のうちの1人は侵襲性神経疾患と診断された。
  • 全患者の年齢中央値は66歳(IQR=53~75歳)、死亡した患者の年齢中央値は79歳(IQR=71~83歳)であった。合計1,014人(68.2%)が入院し、入院患者の91%は侵襲性神経疾患であった。
  • 侵襲性神経疾患の患者の入院期間の中央値は7日(IQR=4~11日)であったのに対し、非侵襲性神経疾患の患者では4日(IQR=2~6日)であった。
  • 調査中に、ムンプスIgMとの交差反応が11人で報告された。WNVおよびムンプスとの適合性を判断するために、症状、併存疾患、臨床経過(潜在的な曝露を含む)が検討された。そして、すべての患者の臨床所見は、ムンプスよりもWNVに一致していると考えられた。

公衆衛生の対応

  • 2021年のWNV感染シーズン中に最初にWNV患者が確認された後、MCDPHは6月25日に医療提供者に対し、WNV侵襲性神経疾患と一致する臨床症状がある患者についてWNVおよび他のアルボウイルスを考慮するようアドバイスした。
  • MCDPHはまた、地元の血液バンクに対し、プールのスクリーニングではなく個別のドナースクリーニングを開始するよう警告した。
  • MCESD-VCDは殺虫剤と幼虫駆除剤の散布を継続し、蚊のサーベイランスを実施し、大量の蚊や管理されていないスイミングプールに関する住民の苦情に対応した。
  • 8月、アリゾナ州のモンスーン期(6月15日から9月30日まで)に蚊が増加することを見越して、MCDPHは雨が降るたびに蚊の繁殖とWNV予防戦略に関するソーシャルメディアメッセージを増やした。

考察

  • 米国の記録上、最大のWNVアウトブレイクが、2021年5月から12月にかけてアリゾナ州マリコパ郡で発生した。それは2004年の同郡での過去最大のアウトブレイクの患者数(355人)の4倍以上の規模であった。
  • 2021年の前例のないWNVのアウトブレイクの理由は不明であるが、おそらく多因子であろう。降雨量の増加、最近の人口増加と住宅開発、COVID-19パンデミック中の医療を求める行動の変化などが関連しているかもしれない。
  • 特定された患者の大部分は侵襲性神経疾患を合併し、それは高齢者(60歳以上)にみられた。1,000人以上が入院を必要とし、COVID-19のパンデミックの影響ですでに逼迫していた医療システムに負担がかかった。
  • 特に侵襲性神経疾患の可能性がある患者に対して血清と脳脊髄液のWNV検査を検討するよう臨床医に注意喚起することが必要である。さらに、医療提供者は、他のフラビウイルス(セントルイス脳炎やデング熱など)との交差反応やムンプスIgM検査の偽陽性の可能性についても認識しておく必要がある。

文献

  1. Kretschmer M, et al. Unprecedented Outbreak of West Nile Virus- Maricopa County, Arizona, 2021
    https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/pdfs/mm7217a1-H.pdf

矢野 邦夫

浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問