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161号 スプラッシュパッドが関連したネグレリア・フォーレリ髄膜脳炎
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スプラッシュパッド(噴水や水のジェットが地面から吹き出し、子どもたちが水しぶきを浴びながら遊ぶことができるエリア)が関連したネグレリア・フォーレリ髄膜脳炎の致死的な症例が発生した。CDCが詳細を報告しているので、紹介する1)

症例の特定と臨床経過

  • 2023年9月1日、既往歴のない16ヶ月の幼児が、3日間の発熱、嘔吐、経口摂取量の減少、活動性の低下、新たな精神状態の変化のため、アーカンソー州の地元の病院を受診した。
  • 非造影頭部CTスキャンで脳室拡大が認められた。これは頭蓋内圧亢進が懸念されるサインであり、髄膜炎の可能性があった。
  • 細菌性およびウイルス性髄膜炎に対する経験的治療が開始され、患者はさらなる評価と治療のため、小児集中治療室に入院した。
  • 腰椎穿刺が実施され、脳脊髄液(CSF:cerebrospinal fluid)の検査所見は細菌性髄膜炎の可能性を示した。
  • 多病原体核酸ベースのCSF検査の結果は陰性であり、血液およびCSF培養は24時間後でも増殖を示さなかった。患者の臨床状態は悪化した。
  • 9月3日、ライト染色およびギムザ染色されたCSF細胞診スライドの病理学的レビューで、多数のアメーバ様微生物が認められ、Naegleria spp.(温かい淡水と土壌に生息する自由生活性アメーバで、原発性アメーバ性髄膜脳炎[PAM:primary amebic meningoencephalitis ]を引き起こす)と形態学的に一致した[図]。
  • 家族は、患者が症状発現の2~3日前の8月26日と27日に、アーカンソー州プラスキ郡のスプラッシュパッドとプールで遊んでいたと報告した。
  • ネグレリア・フォーレリ感染症の治療(アムホテリシンB、アジスロマイシン、デキサメタゾン、フルコナゾール、ミルテホシン、リファンピシン)が開始された。しかし、9月4日に死亡した。
  • 9月6日、CDCはリアルタイムPCR検査により、CSF中にネグレリア・フォーレリ(Naegleria fowleri)が存在することを確認した。

図

スプラッシュパッドとプールの現場調査

  • 2023年9月3日、アーカンソー州保健局の環境衛生専門家が、患者が症状発現前に利用したスプラッシュパッドと隣接するプールの現場調査を実施した。
  • スプラッシュパッドは再循環システムであり、地下タンクから水を汲み上げ、ノズルから噴射する構造であった。砂フィルターで濾過後、次亜塩素酸カルシウムと硫酸水素ナトリウムで消毒されていたが、塩素供給装置は約1ヶ月間機能不全で、手動で塩素が供給されていた。
  • 複数の法規違反が確認された。pHは検査キットの上限8.2ppmを超過し、許可された上限の7.8ppmを超えていた。残留塩素濃度も検査キットの上限5ppmを超過していた。毎日の運転記録はなかった。
  • プールも独立した再循環システムとサージタンクを使用していた。プールでもpHが8.2ppmを超過し、流量計が故障していた。機械室からの漏水がサージピットに流れ込んでおり、毎日の運転記録はなかった。
  • スプラッシュパッドの水源は自治体の水道水であり、時折プールからホースで給水されていた。オーバーフロー排水管がタンクから雨水排水溝に繋がっていた。
  • 調査後、スプラッシュパッドとプールは閉鎖された。

環境サンプル採取

  • 環境スワブ(スプラッシュパッドの排水溝、ノズル、タンク内のバイオフィルム;プールの排水溝、漏水付近のバイオフィルム)とバルク水(スプラッシュパッドタンク、プール、漏水箇所、デッキホースの原水)のサンプルを採取し、CDCの環境微生物学・工学研究室に送付した。検査には温度選択培養に続く分子生物学的確認を用いた。
  • 9月13日、スプラッシュパッドタンクのスワブサンプルからネグレリア・フォーレリが検出された。
  • 9月21日、スプラッシュパッドタンクとプールのバルク水から好熱性アメーバが検出されたが、ネグレリア属は検出されなかった。

考察

  • ネグレリア・フォーレリ感染症は稀であるが、多くが致死的である。1962年から2023年の間に米国で感染が確認された164人のうち、生存者はわずか4人(2.4%)であった。
  • 感染は、ネグレリア・フォーレリを含む水が鼻から体内に入ることで発生する。
  • 症状は通常、曝露後1~12日後に始まり、原発性アメーバ性髄膜脳炎は急速に進行し、脳組織の破壊、脳腫脹、そして症状発現後1~18日(中央値5日)で死亡に至る。
  • ほとんどのネグレリア・フォーレリ感染症は、夏季の淡水(例えば湖での遊泳やダイビング)へのレクリエーション曝露に関連している。
  • 2020年から2021年の間に、テキサス州で、消毒が不十分な別々のスプラッシュパッドで遊んだ後、2人の小児が原発性アメーバ性髄膜脳炎で死亡した。本報告書で記述されたスプラッシュパッド関連の原発性アメーバ性髄膜脳炎症例は、4年間で3例目であり、消毒が不十分なスプラッシュパッドがネグレリア・フォーレリ感染の新たな懸念すべき曝露源であることを示している。
  • 原発性アメーバ性髄膜脳炎の臨床診断は困難である。なぜなら、初期の兆候や症状は非特異的であり、髄液所見を含む症状が細菌性髄膜炎に類似しているからである。
  • 急性髄膜脳炎が診断されており、鼻腔を通じて淡水(スプラッシュパッドやプールなどの処理されたレクリエーション用水を含む)への最近の曝露歴がある患者には、原発性アメーバ性髄膜脳炎を考慮すべきである。生存の可能性を高めるためには、迅速な診断と治療が極めて重要である。
  • ネグレリア・フォーレリは、ヘマトキシリン・エオジン染色、過ヨウ素酸シッフ染色、トリクローム染色、ギムザ染色、またはライト染色を用いた顕微鏡による直接観察により、髄液塗抹標本または培養で同定できる。グラム染色は、熱固定中にネグレリア・フォーレリが破壊される可能性があるため、診断には不十分である。
  • 本症例では、運用記録が維持されておらず、塩素供給装置が約1ヶ月間機能していなかったため、スプラッシュパッドの消毒不備が慢性的な問題であった可能性がある。
  • 長期にわたる不十分な消毒、運営、管理は、バイオフィルムの形成につながる可能性があり、バイオフィルムは自由生活性アメーバの栄養源となり、消毒薬からアメーバを保護することもある。

文献

  1. Dulski TM, et al. Fatal Case of Splash Pad‒Associated Naegleria fowleri Meningoencephalitis ̶ Pulaski County,Arkansas, September 2023
    https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/74/wr/pdfs/mm7410a2-H.pdf

矢野 邦夫

浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問