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165号 自家製の缶詰サボテン(ノパレス)の摂取による 食中毒ボツリヌス症のアウトブレイク
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自家製の缶詰サボテン(ノパレス)を食べたことによる食中毒ボツリヌス症のアウトブレイクが発生した。その詳細をCDCが報告しているので紹介する1)。

要約

  • 2024年6月、米国カリフォルニア州フレズノ郡において、家庭で保存されたノパレス(ウチワサボテンの若芽)を摂取したことに起因する食中毒アウトブレイクが発生した。
  • 患者8人がボツリヌス症と診断され、うち2人が人工呼吸管理を要した。原因食品は家庭で瓶詰めにされたノパレスのサラダであり、検体からボツリヌス毒素A型(BoNT/A)が検出された。
  • 本件はノパレスの家庭保存に起因する最初の報告であるとともに、ボツリヌス症の対応における迅速な公衆衛生対応の重要性を浮き彫りにする事例でもある。

症例の概要と診断経過

  • 発端となったのは42歳女性(患者A)で、眩暈、嚥下困難、眼瞼下垂などの神経症状を呈し、呼吸不全により侵襲的人工換気を要したことから、ボツリヌス症が強く疑われた。
  • 同日に同じ家族会合に出席していた他の6人(患者B~G)も神経症状を訴えて医療機関を受診した。
  • 最終的に8人(患者A~F、H、I)がボツリヌス症と診断され、全員にCDCより供給された馬由来7価ボツリヌス抗毒素(HBAT:heptavalent botulinum antitoxin)が投与された(図1)。全例が生存退院し、後遺症は認められなかった。

疫学調査と曝露源の特定

  • 患者らはすべて6月21日または22日に実施された家族会合に出席しており、供された料理のうち、患者全員がノパレスサラダを喫食していたことが明らかとなった。
  • このサラダには、家庭で瓶詰めにされたノパレス、トマト、タマネギが使用されていた(図2)。患者Dが瓶詰め処理を担当しており、殺菌工程は煮沸処理のみで、加圧加熱処理は行われていなかった。保存は空調のない屋外物置で6週間にわたって行われていた。

検体調査と毒素検出

  • 回収された血清8検体中5検体よりBoNT/Aが検出された。また、廃棄されたノパレスサラダからもBoNT/Aが同定されたことにより、原因食品としての因果関係が確定された。
  • 便検体からはボツリヌス菌は培養されなかった。検査対象となった瓶詰めトマトおよびノパレス(開封済み)からは毒素は検出されなかった。

医療および公衆衛生対応

  • 今回のアウトブレイクでは、医療機関、地元保健局、州保健局、CDCが密接に連携し、HBATの迅速な搬送と投与が実現された。
  • CDCは国内複数空港に分散配置しているHBATをヘリコプターにより搬送し、カリフォルニア州の2病院に計8バイアルを供給した。HBATの使用により病状進行は停止し、全例が無事退院した。

診療と診断における課題

  • ボツリヌス症の早期診断はしばしば困難である。典型的な臨床像は、脳神経障害に始まる弛緩性麻痺であり、早期には眩暈、複視、嚥下困難など非特異的な症状に留まることが多い。そのため、疫学的背景と丁寧な身体所見の確認が極めて重要である。
  • HBATは診断確定前であっても、臨床的疑いが高い場合には早期投与すべきであり、公衆衛生当局との連携による供給体制の整備が不可欠である。

自家製保存食品と予防策

  • 家庭での瓶詰め保存は米国でも広く行われているが、特に酸性度が低く、嫌気的環境となりやすい野菜類(ノパレス、トマトなど)では、適切な加圧加熱処理がなされないとClostridium botulinumの増殖・毒素産生が生じやすい。
  • 患者Dは伝統的な手法に基づいて保存処理を行っていたが、米国農務省や家庭食品保存全国センターが示すような標準的な手順は理解していなかった。
  • 本件は、文化的背景に配慮しつつ、保存食品の安全な処理方法を多言語かつ平易に伝える公衆衛生教育の必要性を浮き彫りにしている。

今後への示唆

  • 今回のアウトブレイクは、1つの家庭で行われた誤った保存処理により重篤な中毒が生じうることを実証した。
  • 同時に、迅速な医療・公衆衛生対応により人的被害を最小限に抑え得た成功例でもある。今後の課題として、以下の点が挙げられる。
  • 結語

    • ノパレスは伝統的な食品であり、今後も家庭での加工が継続されると予想される。そのような背景において、適切な技術指導と教育、そして公衆衛生当局の即応体制が不可欠である。医療と行政の連携が本事例のように迅速に機能することで、今後の食中毒アウトブレイクへの備えとなる。

    文献

    1. Vohra R, et al. Foodborne Botulism Outbreak After Consumption of HomeCanned Cactus (Nopales)-Fresno County, California, June 2024
       https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/74/wr/pdfs/mm7424a1-H.pdf

    矢野 邦夫

    浜松市感染症対策調整監
    浜松医療センター感染症管理特別顧問