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166号医療環境清掃の標準化に向けた最新動向 ~ 英国NHS「National standards of healthcare cleanliness 2025」より
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医療関連感染の発生要因の一つとして、医療環境における清掃・消毒の不備が挙げられる。環境清掃は最も基本的かつ普遍的な感染対策の一つであり、その標準化と実効性の確保は、感染対策の根幹をなすものである。 英国国民保健サービス(National Health Service: NHS)は、こうした背景を踏まえ、2025年版「National standards of healthcare cleanliness」を策定した(1)。このガイダンスは、清掃の基本原則、清掃技術の標準化、交差汚染の防止策、高頻度接触面の清掃、清掃頻度の定義、清掃の監査、清掃材料の色分け方式、さらには個人防護具や手指衛生の遵守、清掃スタッフの制服に至るまで、多岐にわたる要素を包括的に規定している。その目的は、患者、医療従事者、面会者にとって安全かつ清潔な環境を一貫して維持し、感染リスクを最小化することである。本稿では、このNHSガイダンスの要点を整理し、重要ポイントを抜粋して、紹介するものである。

清掃の基本原則

  • 洗剤と水の利用:通常、清掃には洗剤と水を使用し、「摩擦」によって汚れ、破片、血液、体液などの有機物を機械的または物理的に除去する。これにより微生物は除去されるが、殺菌されるわけではない。
  • 肉眼的な清潔さの確保:効果的な清掃は、環境表面や機器を肉眼的に清潔な状態にする。低リスク環境ではこれだけで十分な場合があるが、多くの医療環境では効果的な消毒の前処理となる。一部の消毒薬は有機物によって容易に不活化されるからである。
  • 2ステップ法または1ステップ法:汚染除去プロセスとして、2ステップ法(洗浄と消毒を別々に行う)または1ステップ法(洗浄と消毒を同時に実施できる製品を使用する)をおこなうことができる。
  • 地域の方針と製造業者の指示に従う:どの洗浄剤や消毒薬を使用するかは地域の方針に従う。清掃スタッフは、製造業者の指示に従って溶液を調合し、安全に準備し、保管し、廃棄する方法を知っていなければならない。
  • 接触時間の遵守:消毒薬は、環境表面に指定された時間接触し、その間は表面が濡れた状態を保つ必要がある。現場で利用されている消毒薬の接触時間をスタッフは理解し、多忙な医療環境での使用に適した現実的な接触時間の製品を選択すべきである。

清掃技術の標準化

  • 「上から下へ」「清潔な場所から汚れた場所へ」:再汚染や微生物の移動を最小限に抑えるために、清掃は常に「上から下へ」「清潔な場所から汚れた場所へ」行う。
  • 湿ったクロスの使用:埃をまき散らさないように、湿ったクロスやダスト除去器具を使用する。高い水平面から先に清掃する。
  • 床の清掃は最後:床は最後に清掃する。濡れた床での転倒を防ぐために、清掃中および乾燥するまで適切な標識を設置する。床が完全に乾燥したら、標識はすぐに撤去する。
  • 「S字」動作:広くて平らな環境表面は、「S字」動作で清掃する。最も遠い地点から始め、少し重ねながら、再汚染を避けるために同じ場所を再び拭かないようにする。

    交差汚染の防止策

  • 交差汚染の回避:微生物はクロスやワイプ、手などを介して環境表面間で移動する可能性がある。そのため、交差汚染を避ける努力(クロスの交換など)が必要である。
  • 清掃溶液の定期的な交換:清掃溶液は使用中に汚染されることがある。微生物の環境表面間の移動を防ぐために、製造業者の指示に従って定期的に交換する。特に汚染レベルの高い場所の清掃後や、血液や体液の飛散を清掃した後には、より頻繁に交換する必要がある。

高頻度接触面の清掃

  • 優先的な清掃:患者ケアエリアや処置エリアにおける高頻度接触面(ドアノブ、ナースコール、照明スイッチ、ベッドサイドテーブルなど)は、他の環境表面よりも頻繁に清掃する必要がある。
  • 清掃頻度の調整:ドアノブなどの特定の高リスク部分に焦点を当てることで、清掃頻度を調整することができる。

清掃頻度の定義

    資源を最大限に活用し、すべての要件を満たすために、清掃の種類を区別することが強く推奨される。多くの対象物は必ずしも毎日清掃する必要はないからである。以下の5つの清掃頻度の定義が使用される(図表1)。

  • 完全清掃(full clean):施設内の対象物すべてを清掃し、適切な方法で目に見える埃、汚れ、汚染物を完全に除去することである。床、壁、家具、設備など、清掃対象の全体をカバーする。定期清掃や日常清掃の基準として用いられる。
  • 部分清掃(spot clean):特定の対象物を対象とし、適切な方法で目に見える埃、汚れ、汚染物を除去する清掃である。これは部分的・局所的な清掃にあたる。例えば、壁に新しく付着した飛沫、ベッドテーブル上の食べこぼし、廊下の一部にできた汚れなどをすぐに取り除くといったケースである。定期清掃の合間に、患者やスタッフの使用状況に応じて随時実施される。
  • 確認清掃(check clean):対象物やエリアが、所定の基準を満たしているかどうかを点検することである。清掃そのものではなく「確認」が中心であり、点検の結果、基準を満たしていなければ、完全清掃または部分清掃を追加で実施する。現状の清潔度を評価する行為である。
  • 定期清掃(periodic clean):日常的(毎日・毎週)には清掃されない対象物に対し、計画的に実施する完全清掃のことである。実施間隔は 隔週、月1回、四半期、半年に1回、年1回 などである。カーペット洗浄、床の剥離・ワックス掛け・シール処理、外窓清掃などである。「日常清掃ではカバーできないが、衛生維持に必要な工程」を年間計画に組み込む。日常清掃と異なり、環境メンテナンスの一環として位置付けられる。
  • 高頻度接触面の清掃(touch point clean):高頻度接触面(ドアノブ、ナースコールボタン、電気スイッチ、ベッド柵、テーブルの縁など)を対象とした完全清掃のことである。汚染伝播のリスクが高い部位を重点的に清掃する。通常の完全清掃よりも高頻度で実施されることが多い。感染対策の観点から特に重要である。

清掃の監査

  • 医療環境では、機能的区域によってリスクの程度が異なるため、監査目標や監査頻度のレベルも異なる。これを管理するために、6つの機能的リスク(FR: functional risk)カテゴリが導入されている(図表2)。
  • 監査スコアは「清掃の結果(目に見える清潔さ)」「清掃の手順・方法」「外部確認による保証」という3つの柱で構成されている。監査スコアは実際の監査で算出された達成率であり、各清掃項目(床・壁・トイレ・手すりなど)を「合格(1)/不合格(0)」で採点する。監査スコア (%)は「合格数 ÷ 総項目数 × 100」で計算される。
  • 監査目標スコアは機能的リスクカテゴリー(FR1〜FR6)毎に定められた目標達成ラインである。機能的区域が同じ程度の危険性を持つわけではないため、清掃頻度や監査のレベルは異なる。例えば、記録保管室は集中治療室ほど頻繁な清掃を必要としない。

清掃材料の色分け方式

  • 全国統一色分け方式:医療機関全体で清掃材料と機器に色分け方式を適用し、異なる種類のエリア間での交差汚染リスクを低減する。

個人防護具

  • 使い捨てプラスチックエプロン:衣類に飛沫が付着する可能性のあるすべての清掃作業で着用する。
  • 保護手袋:すべての清掃作業で保護手袋を着用する。これらは頑丈で目的に適しており、全国統一色分け方式に準拠している必要がある。使用前に破損がないか確認し、化学薬品を扱う場合は化学物質耐性があることを確認する。手袋は清掃作業の合間に定期的に洗う。手袋の着用は手洗いの必要性を減らすものではない。

手指衛生

  • 「5つの瞬間」:医療従事者が手指衛生を行うべき重要な瞬間を定義する「5つの瞬間」アプローチ(患者に触れる前、清潔/無菌処置の前、体液曝露/リスクの後、患者に触れた後、患者の周辺環境に触れた後)に従う。
  • 石鹸と水:手が目に見えて汚れている場合、体液に触れた場合、または下痢や嘔吐の患者がいるエリアでの清掃時には、必ず石鹸と水で手を洗う。
  • アルコール擦式手指消毒薬:上記以外の場合には、アルコール擦式手指消毒薬も許容される。

清掃スタッフの制服

  • 制服の着用と交換:制服の袖は清掃作業時には肘より上であるか、まくり上げておくべきである。清掃スタッフは各シフトの前に清潔な制服に着替え、シフト中に制服が肉眼的に汚染されたり汚れたりした場合は、できるだけ早く別の制服に着替える
  • 装飾品の除去:手や手首の装飾品は微生物を宿し、手指衛生の遵守を妨げる可能性があるため、清掃スタッフはシフトの開始時に腕時計や指輪(シンプルな結婚指輪以外)は外すべきである。

文献

  1. NHS England. National standards of healthcare cleanliness 2025
    https://www.england.nhs.uk/long-read/national-standards-of-healthcare-cleanliness-2025/

矢野 邦夫

浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問