南半球において季節性インフルエンザワクチンが発症および重症化を約半減させたことがCDCの週報(MMWR)にて報告されている(1)。北半球の今季対策を検討する上で極めて重要な知見であり、以下にその概要を紹介する。
背景
- インフルエンザは世界的に毎年推定5億人の感染と約65万人の死亡を引き起こしている。南半球では例年4~9月、北半球では10~翌年5月に流行期を迎える。
- 季節性インフルエンザワクチン接種は発症および重症化を減少させる有効な公衆衛生手段であり、各国のサーベイランス体制を通じてその効果を継続的に評価することが重要である。南半球のワクチン有効性(vaccine effectiveness:VE)データは、翌シーズンの北半球ワクチン構成検討に有用な情報源となる。
- 本報告は、南半球8か国(アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、チリ、ニュージーランド、パラグアイ、ウルグアイ、南アフリカ)のインフルエンザ様疾患(influenza-like illness:ILI)および重症急性呼吸器感染症(severe acute respiratory infection:SARI)サーベイランスネットワークから得られたデータを統合し、2025年3~9月における季節性インフルエンザワクチンの暫定的有効性を解析したものである。
方法
- 本研究は検査陰性症例対照デザイン(test-negative case-control design)に基づいて実施された。
- 各国のILIまたはSARIの定義に合致した患者から採取した呼吸器検体をRT-PCR法によりウイルス型別・亜型別判定し、陽性者を症例、陰性者を対照とした。
- ワクチン接種歴は国家予防接種記録、医療記録、または自己申告によって確認された。
- 発症14日以上前に2025年南半球ワクチンを受けた者を「接種済み」と定義し、接種14日未満やSARS-CoV-2陽性例は除外した。
- すべての国はWHO推奨の不活化卵培養ワクチンを用い、アルゼンチン・オーストラリア・パラグアイでは高齢者向けアジュバント含有製剤を併用した。
対象およびウイルス型分布[図]
- 期間中、ILI症例2,122人、SARI症例42,752人が解析対象となった。
- ILI症例のうち68%がオーストラリア、32%が南アフリカから報告され、SARI症例の大半(約68%)はブラジルからの報告であった。
- 全体の21.3%(ILI)および15.9%(SARI)がワクチン接種済みであり、優先接種群[註釈1]はそれぞれ50.3%および85.3%を占めた。
- ウイルス検出では、ILI症例の26.5%、SARI症例の41.6%がインフルエンザ陽性であり、その大部分はA型であった。ILI症例のうちA(H1N1)pdm09が39.9%、A(H3N2)が45.5%であり、SARI症例ではA(H1N1)pdm09が58.7%、A(H3N2)が26.6%を占めた。B型ウイルスは主にVictoria系統であった。
- 遺伝子解析によると、A(H1N1)pdm09ウイルスの94.5%がclade 5a.2a.1、A(H3N2)はすべてclade 2a.3a.1であり、ワクチン株との抗原一致性は高いと評価された。
ワクチン有効性の結果
- 外来患者(ILI)におけるVEは、全型インフルエンザに対して50.4%(95%CI:33.2–63.2)であった。A型全体に対して45.4%、A(H1N1)pdm09に対して53.3%、B型に対して62.3%と算出された。優先接種群では全型に対し51.8%であった。
- 入院患者(SARI)におけるVEは、全型で49.7%(95%CI:46.3–52.8)であった。A型全体では46.1%、A(H1N1)pdm09に対して41.6%、A(H3N2)に対して37.2%、B型では77.6%と高値を示した。
- 優先接種群別では、幼児51.3%、基礎疾患保有者51.9%、高齢者37.7%であり、若年層でより高い防御効果が認められた。
- これらの値は、2024–25年北半球シーズンの中間VE(外来40–56%、入院34–52%)と同程度であり、ワクチン株の抗原一致が良好であることを反映している。
考察
- 本解析は、2025年南半球シーズンにおけるインフルエンザワクチンが外来・入院のいずれにおいても発症および重症化リスクをおおむね半減させる効果を有することを示した。特にA(H1N1)pdm09が優勢株であったが、VEは前年の傾向と同様に安定しており、ワクチン株選定の妥当性を裏付ける。
- ワクチン接種率はILI症例で21%、SARI症例で16%と依然として低水準であった。今後のシーズンでは、ワクチンに対する認識・態度・行動(knowledge, attitude, practice)調査を通じ、接種啓発と供給戦略の改善が求められる。
- 南半球のVEデータは、北半球の翌シーズン(2025–26年)の予防戦略立案に直結する。両半球で同一のワクチン株構成が採用されており、同様のウイルス株が流行した場合、北半球においても同等の防御効果が期待される。医療従事者は、発症予防に加えて、抗インフルエンザ薬の適切な早期投与を推奨することで重症例の減少を図ることができる。
限界と今後の課題
- 本報告にはいくつかの制約が存在する。第一に、現時点では暫定値であり、最終シーズン終了後の確定値とは乖離する可能性がある。第二に、外来例の解析規模が小さく、層別解析の精度が限定的である。第三に、全登録例の約6割がRT-PCR結果欠損により除外されており、検査体制および疫学情報の統合強化が必要である。第四に、小児の初回接種・2回接種の区別がつかず、VEが過小評価されている可能性がある。第五に、GISAID[註釈2]に報告された遺伝子配列は必ずしも本解析症例由来ではない。第六に、流行ウイルスの地域差により本結果が他の南半球諸国へ一般化できない点も留意すべきである。
公衆衛生への示唆
- 今回の暫定評価は、インフルエンザワクチンが南半球8か国において発症および入院を約半減させたことを明確に示した。北半球においても同様のウイルス株が流行すれば、2025–26シーズンのワクチンも同等の効果が期待される。
- CDCは生後6か月以上のすべての接種対象者において、シーズン開始前のワクチン接種を推奨している。これは単に個人防御にとどまらず、医療提供体制の逼迫を防ぎ、社会的・経済的損失を最小限にする上でも重要な施策である。
結論
- 2025年南半球8か国におけるサーベイランスデータの解析により、季節性インフルエンザワクチンは外来・入院の双方で約50%の発症予防効果を示した。
- A(H1N1)pdm09優勢期においても有効性は維持され、ワクチン株の適合性と予防接種政策の有効性が裏付けられた。
- 今後も南北両半球間のデータ共有とリアルタイム監視を継続し、流行動態に応じた柔軟なワクチン戦略を構築することが求められる。
- これらの知見は、世界的なインフルエンザ対策の基盤を支えるものであり、感染制御においても重要な示唆を与えるものである。
文献
- Russ S, et al. Interim effectiveness estimates of 2025 southern hemisphere influenza vaccines in preventing influenza-associated outpatient and hospitalized illness — eight southern hemisphere countries, March–September 2025.
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/74/wr/pdfs/mm7436a3-H.pdf
矢野 邦夫
浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問







