医療施設においては、シンクをはじめとする水回りの管理を厳格に行う必要がある。入院患者の多くは免疫機能が低下しており、水系環境に潜む日和見病原体に感染した場合、重篤な感染症を引き起こすおそれがある。以下では、CDCが提示する水管理プログラムの要点を抜粋して紹介する(1)。
はじめに
- 医療施設における水の利用は、家庭とは異なり用途が多岐にわたり、より高度な管理が求められる。実際、水を介して感染が生じるリスクが潜在しているからである。
- 一般家庭では、水道水は安全基準を満たしており、健康な人々が使用する限り深刻な問題を生じることはほとんどない。しかし医療施設では、免疫機能が低下した患者や侵襲的処置を受けた患者が多く、水回りに潜む微生物への感受性が高い。また、施設内の配管や給湯・排水設備において微生物が増殖・拡散する可能性もある。
- したがって、水質の維持にとどまらず、施設全体の配管設計や設備の保守管理、さらに感染予防を目的とした運用体制と監視システムの構築が重要である。
水管理プログラムを維持する重要性
- 医療施設では、「水管理プログラム(Water Management Program)」の導入が不可欠である。これは有害な水系病原体(特に施設内配管で増殖しうる日和見病原体)の発生と拡散を最小限に抑えることを目的としている。
- このプログラムには、施設管理、感染予防、臨床部門、管理部門、水道事業者など、複数の専門職が連携して関与する。構成要素としては、「施設内の水系を可視化した流れ図の作成」「リスク要因や有害条件の特定」「監視すべき管理項目とその位置の設定」「管理基準からの逸脱時に行う是正措置」「運用の有効性評価」「記録と情報共有」などが含まれる。
水感染制御リスク評価
- 水管理プログラムでは、「水感染制御リスク評価(WICRA: Water Infection Control Risk Assessment)」の手法を用い、給水源から配管・排水系、さらに患者と水との接点に至るまで、施設内の水系全体を体系的に把握する。
- 具体的には、給水方式や配管構造、排水経路、逆流や水の滞留といったリスク要因を点検し、患者が水を通じて「飲用・摂取」「接触」「吸入・シャワー利用・器具洗浄・手洗い」などの形で曝露する可能性を評価する。また、曝露を受ける患者の感受性(免疫状態・基礎疾患など)や、施設における水管理体制(プログラム整備の進度や監視体制)も検討対象とする。
- これらの評価を通じて、給水、貯水、配管、給湯、排水など、どの部分に重点的な制御策を講じるべきかを明確化することができる。
シンクや排水口からの水はねの低減
- 医療施設において見過ごされがちだが、シンクや排水口を介した曝露は重大な感染リスクとなる。蛇口からの水流が排水口内の汚染物(汚れた水、沈殿物、バイオフィルムなど)に衝突すると、水はねが生じ、飛散した水滴が水栓、カウンター、周囲の医療器具、さらには患者にまで到達するおそれがある。
- 近年の研究では、シンク、トイレ、汚水ホッパーなどの排水系が多剤耐性菌により汚染されていることが報告されており、異なる菌種が同一排水口内に共存することで、耐性遺伝子の水平伝播が生じる可能性も指摘されている。
- 対策としては、「シンクカウンターに物品を置かない」「シンクに飲料や残渣を流さない」「シンク周囲を毎日清掃・消毒する」「アウトブレイク時にはバイオフィルム対応の消毒薬使用を検討する」「トイレやホッパーはフタを閉めてから流す(フタがない場合は、患者ケアルームとの間に扉や区画を設ける)」などの運用を徹底することが重要である。
- また、シンクの新設や改修時には、水はねを防ぐ構造を採用することが望ましい。具体的には、深めのシンクを設置したり、排水口の真上に水流が直接当たらないよう蛇口位置を調整するなどの工夫が推奨される。
- さらに、薬剤準備ゾーンや患者ケアゾーンに隣接するシンクにはスプラッシュガード(水はね防止板)を設置し、最大水流時でも水圧と流速を適切に制御して、水はねによる汚染拡散リスクを低減する。
施設内配管における日和見病原体
- 配管系統(給水、給湯、冷却水、加湿器、器具接続水系、排水系など)は、特に免疫機能が低下した患者が入院している医療施設では、日和見病原体の温床となる危険性が高い。
- 日和見病原体には、グラム陰性菌(緑膿菌をはじめとするPseudomonas 属、Burkholderia cepacia 複合群、Ralstonia 属、Sphingomonas 属、Acinetobacter baumanniiなど)、非糞性大腸菌群(Enterobacter cloacae、Klebsiella 属、Serratia 属など)、非結核性抗酸菌(Mycobacterium abscessus 複合群、M. chelonae、M. avium 複合群など)、真菌(Candida parapsilosis、Aspergillus fumigatusなど)・原虫(Acanthamoeba 属、Naegleria 属など)などの広い微生物群が含まれる。
- これらの微生物は、一般家庭では健康被害をもたらすことは少ないが、医療施設では患者の免疫状態や侵襲的処置の有無により、重篤な感染症を引き起こすことがある。
- 配管内部に形成されるバイオフィルムは微生物の温床となり、除去や制御が難しいことから、施設の設計・運用・監視の各段階で継続的な注意と管理が求められる。
・
実務上の留意点と展望
- 水管理プログラムを効果的に策定・維持するためには、「施設内における明確な責任体制の構築」「定期的なモニタリング(残留塩素濃度、給湯温度、配管内水の滞留時間[いわゆる“水齢”]など)」「異常検知時の迅速な報告と是正対応」が不可欠である。
- 施設の改装や増築を行う際には、設計段階から水系リスクを考慮した配管配置・シンク設計・排水設計を行うことが重要である。特に、水が滞留する“デッドエンド(行き止まり)配管”を避け、水の滞留時間を短縮し、温度管理・断熱・流量確保などを計画的に検討する必要がある。
- アウトブレイクが発生した場合には、排水口、シンク底部、排水管内部に形成されたバイオフィルムを重点的に清掃・消毒し、検出菌の菌種や抗菌薬耐性プロファイル、水系との関連性を解析することが求められる。
- 感染制御の専門家、施設管理者、臨床スタッフが一体となり、水系リスクを「見える化」しながら、設計・運用・清掃・メンテナンス・検証のサイクルを継続的に回すことで、医療関連の水媒介感染や耐性菌の拡散を防ぎ、患者安全を守る体制が確立される。
- 今後は、建築設計、給排水設備設計、感染制御部門、環境サービス部門、施設メンテナンス部門など、関連分野間の協働がさらに進むことで、水系感染リスク管理の実効性が一層高まることが期待される。
文献
- CDC. Considerations for reducing risk: Water in healthcare facilities
https://www.cdc.gov/healthcare-associated-infections/php/toolkit/water-management.html
矢野 邦夫
浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問







