米国ミネソタ州で酪農場の去勢牛において狂犬病のクラスターが発生した。その詳細をCDCが報告しているので紹介する。
はじめに
- 狂犬病は、哺乳類の死に至る中枢神経疾患を引き起こす、ワクチンで予防可能な人獣共通感染症である。
- ヒトが発症した際の致死率はほぼ100%に達するが、適切な曝露後予防(PEP: post exposure prophylaxis)を行うことで発症を確実に防ぐことができる。
- 米国における主な野生動物のリザーバーは、コウモリ、アライグマ、キツネ、マングース、そしてスカンクである。
- 家畜における狂犬病のクラスターは稀であるが、発生した場合にはヒトへの曝露リスクや農家における深刻な経済的損失を招く。
- 通常、牛に対する狂犬病の定期的な予防接種は行われていないのが現状である。
- 本稿では、2024年にミネソタ州の乳牛飼育場で発生した去勢牛の狂犬病クラスター事例を報告し、感染制御の観点からその対応と教訓を詳細に述べる。
症例の探知と診断:ミネソタ州の乳牛飼育場での発生経緯
- 2024年5月、ミネソタ州の乳牛飼育場において、35頭の去勢牛のうち5頭が狂犬病と一致する神経症状を呈した。
- 最初の症例は5月11日に、よだれ、協調運動障害、叫び、激しい頭の振りといった症状を示した数日後に死亡したが、この段階では剖検は実施されなかった。
- 5月13日、同様の症状を示した2頭目の去勢牛が安楽死させられ、脳組織の検査が実施された。
- ミネソタ州保健局(MDH: Minnesota Department of Health)の公衆衛生研究所による蛍光抗体法の結果、5月16日に狂犬病陽性が確認された。
- 全ゲノム解析により、このウイルスは「North Central Skunk」型狂犬病ウイルス変異株であることが特定された。
- 2024年5月11日から6月9日までの経過では、最初の牛の死亡から始まり、その後次々と症例が発生した(図)。5月16日に2頭目の狂犬病陽性が確定し、5月18日には残りの牛群33頭に対して初回ワクチン接種が開始された。5月24日に牛群が検疫隔離(quarantine)下に置かれ、同日に3頭目の、5月27日に4頭目の狂犬病発症が確認された。6月1日に2回目のワクチン接種が実施され、6月9日に5頭目の牛が発症・死亡した。それを最後に、このクラスターは終息した。
介入と管理:動物検疫および曝露後ワクチン接種
- ミネソタ州動物衛生委員会(BAH: Board of Animal Health)の獣医師が農場を訪問し、飼育主への聞き取り、ワクチンの接種歴の確認、および動物間の曝露評価を実施した。
- 飼育主は、最初の症例が発生する数週間前にスカンクの臭いを感じていたが、牛への咬傷は確認されていなかった。
- 牛群全体に狂犬病の接種歴がなかったため、さらなる感染拡大とヒトへの曝露リスクを低減する目的で、残りの33頭に対して2回投与の曝露後ワクチン接種プロトコルが開始された。
- 当初、小屋にいた牛群には45日間の観察検疫が課されたが、その後に新たな症例が発生したため、検疫隔離の期間は120日間に延長された。これは、牛から牛への感染の可能性を完全に否定できないため、潜在的な潜伏期間を考慮した措置である。
- 農場で飼育されていた犬(ワクチン接種済み)は、埋却前の牛の死体に接触した可能性があるため、ブースター接種と45日間の観察が行われた。一方で、狂犬病の症状はないものの、感染した牛に曝露した可能性のあるワクチン未接種の12匹の猫は、国のガイドラインに従い安楽死処分となった。
ヒトへの曝露評価と公衆衛生上の対応
- ミネソタ州保健局の疫学者は、感染した牛の唾液に接触した、あるいは咬まれた可能性がある6人に対して聞き取り調査を実施した。
- 調査の結果、獣医師1人、農場主2人、および10歳未満の子供2人の計5人に曝露後予防の実施が推奨された。
- 獣医師は、感染した牛の脳を摘出する際に手袋と皮膚を穿刺する事故を起こしていた。
- 農場主は感染牛と広範に接触しており、唾液への接触を否定できなかった。
- 子供たちは牛の飼育エリアに監視なしで立ち入っており、曝露を完全に否定できなかった。
- 曝露後予防の内容として、ワクチン未接種の家族4人には狂犬病免疫グロブリン(HRIG: human rabies immune globulin)と4回のワクチンシリーズが投与され、既接種の獣医師には2回のブースター接種が行われた。
- 公衆衛生当局はウェブサイトやプレスリリースを通じて注意喚起を行い、異常な行動をとるスカンクを発見した際の対応や、家畜へのワクチン接種の検討を促した。
経済的損失と費用の分析
- このクラスターに関連する直接的な医療・獣医費用は、合計で約35,000ドルに達した。
- 費用の内訳は、4人分の曝露後予防の費用(32,000ドル)、獣医師のブースター接種(730ドル)、牛への曝露後ワクチン接種(889ドル)、その他の検査・輸送費などである。
- 狂犬病による家畜の損失は、通常、農場ビジネス保険や政府の補填プログラムの対象外である。従って、5頭の牛の損失による収入減や追加の飼料代、獣医費用はすべて農場主の負担となった。
- 米国における2012年から2021年の間の家畜狂犬病に関連する損失は、年間970万ドルから4,050万ドルと推定されている。
考察:感染経路とリスク評価
- 米国内では毎年約60,000件の狂犬病曝露が発生しており、その多くは野生動物や未接種の国内動物に起因する。
- ミネソタ州ではシマスカンクが主な陸上野生動物のリザーバーであり、検査されたスカンクの42%が陽性である。
- 本事例の4週間にわたる5頭のクラスターは極めて異例であるが、全ゲノム解析の結果、分離されたウイルスは互いに高い近縁性を示した。
- これは、狭い小屋に収容されていた複数の牛を、1頭の狂犬病スカンクが次々と咬傷した「点源曝露(point-source exposure)」であることを強く示唆している。
- しかし、牛から牛への伝播の可能性も科学的には完全に排除できないため、感染制御においては最悪のシナリオを考慮した検疫期間の設定が重要である。
- 家畜の中で牛は最も狂犬病に感染しやすい種であることも指摘されている。
結論と提言:専門家としての今後の展望
- 本事例は、狂犬病のリザーバーが高い密度で生息する地域において、家畜が重大な脅威にさらされていることを示している。
- 家畜の狂犬病は、単なる経済的損失に留まらず、飼育者や獣医療従事者への深刻な曝露リスクを伴う公衆衛生上の問題である。
- 感染制御の専門家は、特に高価値の家畜を保有する農家に対し、予防的な狂犬病ワクチン接種の利点とコストを評価し、導入を検討するよう助言すべきである。
- また、神経症状を呈する家畜に遭遇した際は、適切な個人防護具(PPE)の使用を徹底し、迅速な公衆衛生当局への報告と診断検査の実施を推奨する。
- 野生動物リザーバーの動向を注視し、地域社会におけるワクチン接種率の向上と、曝露後の迅速な対応体制を維持することが、狂犬病による被害を最小限に抑える鍵となる。
文献
- Klumb C, et al. Rabies cluster among steers on a dairy farm — Minnesota, 2024
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/74/wr/pdfs/mm7440a3-H.pdf
矢野 邦夫
浜松市感染症対策調整監
浜松医療センター感染症管理特別顧問







