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vol.43 スイス・ジュネーブでの抗SARS-CoV-2IgG抗体の血清有病率:人口集団調査
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背景

医療を受けた症例数に基づくCOVID-19の疾患負荷評価は、検査戦略、症例定義の変更や疾患の現れ方に関する信頼性を考えると、最適とは言えない。住民集団に対して抗SARS-CoV-2抗体を測定する血清調査は、感染率を推計し流行の進行を監視するための一つの方法となる。ここに我々は、流行のさなかのスイス・ジュネーブの住民における抗SARS-CoV-2抗体の血清有病率を毎週推計した。

方法

SEROCoV-POP研究は、Bus Sante研究に以前参加した人とその家族の人々に対する住民集団の研究である。以前の人口代表性調査からランダムに選択した参加者とその家族で5歳以上の人に対する12週連続の血清調査を計画した。民間で利用可能なELISA法による抗SARS-CoV-2抗体を参加者に対して測定した。検査の性能やジュネーブの住民の年齢や性別を調整し、ベイジアンロジスティック回帰モデルを使用して血清有病率を推計した。ここでは研究の最初の5週間の結果を提示する。

結果

2020年4月6日から5月9日まで、ジュネーブ行政区画と同様の人口動態分布となる1,339家族の2,766人を対象とした。最初の週の血清有病率は4.8%(95%信頼区間2.4-8.0%, n=341)と推計した。この推計は第2週には8.5%(5.9-11.4%, n=469)に増加し、第3週には10.9%(7.9-14.4%, n=577)、第4週には6.6%(4.3-9.4%, n=604)、第5週には10.8%(8.2-13.9%, n=775)であった。5-9歳と65歳以上は、20-49歳に比べて血清陽性リスクが有意に低かった(それぞれ、相対リスク0.32:95%信頼区間0.11-0.63、相対リスク0.50:95%信頼区間0.28-0.78)。抗体陽性になるまでの時間を考慮すると、報告された確定例ごとに市中で11.6件の感染が発生していると推計した。

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考察

この結果は、当該地域でのCOVID-19の高度蔓延状態(50万人の人口で2.5か月未満の期間で5,000例もの臨床症例が報告された)にもかかわらず、ジュネーブのほとんどの住民はこの大流行の期間に感染しなかったことを示唆している。IgG抗体の存在が免疫に関連していると仮定するならば、住民の中に感受性のある人が少ない状態になることによる流行の終息にはほど遠いことを改めて浮き彫りにした結果である。更に、10-64歳に比べて5-9歳の子供と65歳以上の大人で有意に低い抗体陽性率がみられた。これらの結果は、伝播を抑制するための制限を緩和することを国が考慮する際に参考になる。

監修者コメント

本研究が行われたのは4月はじめから5月はじめにかけてであるが、ジュネーブでのCOVID-19の日毎の新規感染者は3月中旬から下旬がピークであり、4月はじめにはかなり減少し、5月はじめにはほぼゼロに近くなっていた。そのため、第1週から第3週にかけて抗体陽性率が上昇していったが、その後はあまり変化していない。

また、抗体検査はEUROLabWorkstation ELISAという全自動機器で実施されており、測定結果は数値で表現される。研究者らは独自の基準を設定し、陽性と陰性の間に判定保留領域を置いているが、全体から見ればさほど大きな割合ではない。その上で、抗体陽性サンプルの割合が最高でも10%程度ということは、第一波で免疫を獲得した可能性のある人がさほど多くないことを示している。ジュネーブでは人口の約1%が検査診断確定症例として報告されているので、無症候性病原体保有者や自宅加療者も含めると相当の人が感染したと考えられるが、それでもこれだけの人しか抗体陽性となっていない。

日本での同様の検査機器を用いた抗体価測定の調査では、0.1~0.5%程度とはるかに低い数字が示されている。日本は人口の0.01%程度の感染者しか報告されていないので、ジュネーブに比べればはるかに小さい流行で第一波を終えている。医療崩壊などにつながらなかったのは幸いであるが、社会全体において免疫獲得がほとんどなされていない状況であろうことは容易に想像がつく。