重要性
高齢者向け長期介護施設(long-term care facilities, LTCF)における呼吸器ウイルス感染症の流行は、高い入院率と死亡率と関連している。高齢者向け居住型介護施設における呼吸器系ウイルスの拡散に空気感染が大いに寄与しているという証拠があるにもかかわらず、既存の感染防止対策ではこの感染経路がほとんど対応されていない。
目的
LTCFにおける急性呼吸器感染症(ARI)の発生率を、殺菌用紫外線(GUV)装置が減少させるかどうかを明らかにすること。
デザイン、設定、および対象者
この多施設共同、2群、二重クロスオーバー、クラスター無作為化臨床試験において、南オーストラリア州の都市部と地方部の4つのLTCFで共有スペースに設置されたGUV装置がARIの発生率に与える効果が評価された。LTCFは2つの同規模のゾーン(平均[標準偏差]規模:1ゾーンあたり44[9]床)に分割された。各LTCF内で、各ゾーンは6週間のGUV装置使用(介入)または非使用(対照)にランダムに割り当てられ、その後2週間のウォッシュアウト期間を経てGUV使用と非使用をクロスオーバーして6週間、更に2週間のウォッシュアウト期間が設けられた。2021年8月31日から2023年11月13日までの110週間の研究期間中、7つの連続したサイクルが実施された。データは2024年1月18日から2024年12月4日までの間に解析された。
介入
共通エリア(居住者用部屋以外)におけるGUV装置の連続的な使用を6週間継続すること。
主要なアウトカムと測定指標
主要なアウトカムは、1ゾーン・1サイクルあたりのARI発生率であった。長期的な傾向の二次分析は、週ごとの感染件数に基づいて実施された。
結果
4つのLTCFにまたがる8つの評価対象ゾーンで、合計211,952ベッド日が解析対象となった。全ゾーンで記録された596件のARIのうち、475件(79.7%)は介入・対照期間中に発生した。対照群のARI発生率は、1ゾーン・1サイクルあたり4.17件(95% CI、2.43-5.91)であったのに対して、介入群のそれは3.81件(95% CI、2.21-5.41)であった(発生率比、0.91;95% CI、0.77-1.09;P = 0.33)。事後二次分析において、時系列自己回帰モデルを用いた解析では、対照群では週あたり2.61件のARI(95%CI、2.51-2.70)が記録されたのに対し、介入群では週あたり2.29件(95%信頼区間、2.06-2.51)であった(差は0.32;95% CI、0.10-0.54;P = 0.004)。
結論と意義
このランダム化臨床試験において、LTCFの共用スペースに設置されたGUV照射装置がゾーン・サイクルあたりのARIの発生率を低下させなかったが、研究終了時点でのARIの総数をやや減少させたことが示された。GUV照射装置は、これらの施設における既存の感染予防・管理対策を支援する手段として検討される可能性がある。
訳者コメント
高齢者施設での呼吸器感染症の伝播はどの施設にとっても悩みの種であり、COVID-19の流行においても多くの集団発生が経験された。MRSAなどの薬剤耐性菌の伝播は、主にスタッフの手指衛生や接触予防策などの手段によって食い止めることが可能であるが、呼吸器感染症は入所者間で飛沫感染や空気感染などにより直接伝播するため、それを効果的に制御する方法は明らかでない。COVID-19の流行に際しては全員常時マスクを着用する方法なども採られたが、持続可能性において大きな問題がある。
一つの方策として、環境の空気の清浄化が挙げられる。特に、空気感染を想定する感染症に関しては、全員常時マスクを着用しても伝播を防止することはできない。この研究では、居住エリア内の空気を紫外線照射装置で「殺菌」する、空気清浄機の一種を使用した。エリアの数カ所の壁や天井に組み込んで使用することでエリア全体の空気を清浄化するという戦略であるが、これにより呼吸器感染症の減少が可能かどうか検証した。更に、二重クロスオーバーでWashoutタイムも設けており、研究デザインとしては紫外線照射装置による空気清浄化以外の要因を極力排除したものとなっている。
その結果、介入群では対照群に比べて若干呼吸器感染症発生が減少したものの、十分な効果とは言えなかった。一方、解析方法を変えると、介入群と対照群における呼吸器感染症の発生頻度の差は同程度(10%程度の減少)であるものの、その差は統計学的に有意であった、という結果になった。
統計学的有意差はさておき、10%程度の減少ではその効果を評価して本技術を導入するという施設はまず無いであろう。本介入のみに頼るのではなく、これと合わせて様々な介入を行うことで呼吸器感染症の伝播を更に減少させることができるのではないだろうか。