目的
人種・民族グループ間におけるリスクと曝露を調整した中心ライン関連血流感染(CLABSI)発生率を比較すること。
デザイン
後ろ向きコホート研究。
医療機関
イリノイ州およびミシガン州のネットワーク病院15施設(OSF HealthCareの一部)。
対象患者
2018年1月から2023年6月までの同一入院期間中に中心ラインの挿入および抜去を受けた全年齢層の患者。
方法
4つの主要人種・民族カテゴリー(ヒスパニック系、非ヒスパニック系白人[NHW]、非ヒスパニック系黒人[NHB]、非ヒスパニック系その他)におけるCLABSI発生率(1000カテーテル日当たり)を一般化ポアソン回帰分析で解析した。回帰モデルには有向非循環グラフに基づき、年齢層、保険区分、言語、ICU入院、診断コホート(肥満、糖尿病、透析、癌、好中球減少症)、ライン使用目的(血液製剤、化学療法、完全静脈栄養)を交絡変数として含めた。
結果
23,133名の患者(中央値年齢64歳、小児患者8%)における27,674本の中心ライン(留置のべ日数244,889日)が解析対象となった。全体として、CLABSI発生率は
1,000中心ライン日当たり1.070件であった。研究対象集団の76%がNHW、17%がNHB、4%がヒスパニック系であった。交絡変数を調整後、ヒスパニック系患者はNHWに比べて高いCLABSI発生率を示した(調整後相対リスク1.89、95%信頼区間1.15-3.10、P = .013)。NHWとNHB患者の間ではCLABSI発生率に有意差は認められなかった。
結論
患者レベルの危険因子や曝露を調整した後も、病院関連疾患における格差は持続しており、ヒスパニック系患者が最も高いリスクに晒されている。
訳者コメント
今回取り上げた論文は、人種による医療関連感染のリスクの相違に関するものである。日本では意識することがまずないと思われるトピックスであるが、ここ数年日本では外人訪客も外国人居住者も増えており、この論文を取り上げてみた。 さて、今回はCLABSIというアウトカムに関する研究を取り上げた。サーベイランスでは収集しない患者背景などの詳細なデータを膨大な対象患者(2万3千人以上)に対して収集する、多大な労力を必要とする研究であるが、これらの患者背景データが医療記録として全て電子化され保存されているからこそ実施できた研究であり、医療情報の電子化が進んだアメリカならではの研究であると感じる。結果であるが、表に示したCLABSI罹患率比、すなわちCLABSIに対する各因子のリスクを見ると、概ね想定されるものが並んでいる。ICU入室・肥満・免疫不全などは想定されるものである。手術患者は非手術患者よりもCLABSIリスクが低いのは、おそらくもともとの全身状態が良好である、比較的短期間で中心ラインを抜去されている、などのことが関係しているのであろう。そんな中、ヒスパニックが非ヒスパニック白人より2倍近くCLABSIのリスクが高いという、人種・民族間格差を如実に表す結果が得られている。これは、CLABSIに関するいくつかの先行研究においても同様の結果が得られている。著者らはその要因として、ヒスパニックは一般に社会経済的弱者であり様々な基礎疾患(合併症)を有していてその全てが本研究において回帰分析で調整できていないこと、文化や言葉の違いが医療へのアクセスなどに関して障害になっている可能性を指摘している。その一方で、非ヒスパニックの白人と黒人ではCLABSIのリスクに関する差を認めず、これも先行研究で同様の結果が得られている。黒人は確かに白人と人種が異なり社会経済的に強者とは言えないかもしれないが、アメリカ社会において相当以前から定着した人種であり、独自のコミュニティを作らず(作れず)言葉も含めて社会に定着しているからかもしれない。この研究が行われたアメリカでは、以前から人種や貧困など社会生活レベルの違いによる医療関連感染のリスクに関する研究が多く行われてきた。多民族国家であり多数の移民を抱えるアメリカにおいて、このような研究が多く行われるのは理解できる。更に、最近は大規模なデータベースを用いてその相違を以前よりより明確に示すことができるようになったためか、より目立つようになった気がする。人種や民族で社会を分断するような動きもより顕著になっている世界情勢の中、このような研究は時宜を得たものとも言える。