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【医師監修】昔の子どもは集団予防接種をしていた? インフルエンザの今と昔

2022.11.28| 感染症・消毒

インフルエンザの歴史は古く、最古の記録は紀元前412年、”医学の父”と呼ばれるヒポクラテスによって記録されたものだといわれています。医学が未発達であった昔は、インフルエンザによって多くの人命が失われてきました。しかし、先人たちの経験や知恵によって、ワクチンをはじめとする有効な予防法や治療法が開発されたことで、現代、インフルエンザによる死亡者はぐっと減少しています。そこで今回は、過去のインフルエンザ流行の変遷や、その経験から確立されたワクチン接種の有効性について解説します。

昔から世界的に流行っていたインフルエンザ

医療と歴史のイメージ

インフルエンザウイルスは、抗原性の違いによってさまざまなタイプがあるうえ、変異を繰り返す性質を持ちます。そのため、過去に獲得した抗体がその後もずっと有効であるケースは少なく、もしも免疫を持たない人が多いタイプのウイルスが流行してしまうと、爆発的に感染が広がってしまう恐れがあるのです。実際、過去には世界的な大流行”パンデミック”が引き起こされたことがあります。代表的な過去の事例をみてみましょう。

●スペイン風邪(スペインインフルエンザ)
第一次世界大戦中だった1918年春~1919年春にかけて、3波にわたって世界中に大流行したスペイン風邪。当時の世界人口は18~20億人であると推定されていますが、その3割近くである5億人以上が感染し、死者は5000万人以上にも及んだと見積もられています。日本では1918年11月~1921年7月までの約3年にわたり、全国的に流行しました。人口の約半数にあたる約2400万人が感染し、約38万人が命を失ったと報告されています。

人類の疫学史上でも類をみないほど甚大な被害をもたらしたスペイン風邪。流行当時は病原体の解明がなされていませんでしたが、後の調査で、A型インフルエンザウイルス(H1N1亜型)であることが判明しました。当時、このウイルスに対する免疫を持つ人が少なかったことに加え、病原性も強いウイルスであったことから、大流行を引き起こしたと考えられています。

●アジア風邪(アジアインフルエンザ)
1957年~1958年にわたって流行したアジア風邪。香港で発生し、東南アジア、オーストラリアなど世界各地へ感染が広がりました。感染による死亡者は世界各地で150~400万人に及んだと推定されており、日本でも300万人が感染し、約5700人もの命が奪われました。ウイルスのタイプはAH2N2型で、スペイン風邪同様、免疫を持つ人がほとんどいなかったため、大流行に至ったと考えられています。

●香港風邪(香港インフルエンザ)
1968年、中国から発生し、香港、台湾、シンガポール、東南アジア全域へと広がっていった香港風邪。その後、日本、オーストラリア、米国にも感染は拡大し、世界各地で5万6000人以上の命が失われました。特に香港で爆発的に流行し、6週間で50万人が感染したことから、香港風邪と呼ばれています。ウイルスのタイプはAH3N2型で、現在では免疫を獲得した人が多くなったことで、大流行は引き起こされないものの、年によって流行することがあるようです。

小学校、中学校で集団ワクチン接種があった時代

インフルエンザのパンデミックが引き起こされるたびに、多くの犠牲者が出てきました。こうした経験を通じ、予防接種によって事前に免疫を獲得しておくことで感染を予防し、被害を最小限に留める重要性が認識されるようになりました。日本においてその象徴となったのが、集団ワクチン接種です。これは、1977年に予防接種法で制定されたもので、当時は免疫力が弱い小・中学生に対して学校内で集団でのワクチン接種が実施されていました。

しかしながら、この集団ワクチン接種が続いたのは、わずか11年間で、1987年には保護者の同意を得た希望者にのみ実施するよう法律が改正され、さらに1994年には、予防接種法の対象疾病からインフルエンザが削除され、希望者は個別に医療機関へ出向いて接種を受ける、任意接種へと切り替わったのです。

集団ワクチン接種が行われなくなった大きな理由として、ワクチン接種後にときとして起こる、副反応が問題視されたことが挙げられます。副反応とは、高熱や発疹など、免疫付与以外に起こるワクチン接種後の反応のことで、場合によっては呼吸困難など重篤な症状を引き起こすこともあります。集団ワクチン接種が行われた当時も副反応が報告されていましたが、中には後遺症が残る重篤な副反応を起こしたケースもみられ、国に損害賠償を求める訴訟が起きたこともありました。ワクチン接種を受けることで、感染リスクを下げたり、感染しても重症化を防ぐというメリットが得られた反面、副反応が起こる可能性もあることから、体質や持病などを考慮し、個々の判断でワクチン接種するという現在のスタイルが定着したのです。

集団ワクチン接種がなくなった後、再認識されたワクチンの有効性

小学生

集団ワクチン接種が行われていた頃は、小中学生の接種率は100%に近いものでした。しかし、集団ワクチン接種がなくなったことで、小中学生の接種率は著しく低下したといわれています。副反応による健康被害は減ったかもしれませんが、インフルエンザの流行においても、何か変化はあるのでしょうか。

これについて、興味深い研究結果が報告されています。2001年に米医学誌に掲載されたもので、日本で小中学生の集団ワクチン接種が行われていた期間と、なくなった後の高齢者の死亡率を調べたものです。
研究によると、小中学生へのワクチン接種が推奨され始めた1962年、肺炎やインフルエンザによって死亡する高齢者の数は激減し、集団ワクチン接種を行っていた1977年から87年はずっと低い数値をマークしていました。しかし、集団ワクチン接種がなくなると、高齢者の死亡者数は再び増加し、2000年にはワクチン接種が推奨される以前と同等の高い数値に戻っていたのです。つまり小中学生の集団ワクチン接種は、自身がインフルエンザにかかったり、症状が重症化したりするのを防いでいただけでなく、インフルエンザによって亡くなることのある高齢者の発症や重症化を防ぐことにもつながっていたのです。このことから認識されたのが、ワクチンは個人だけでなく、社会全体を守っていた可能性があるということです。というのも、多くの人が予防接種によって免疫を獲得していると、集団に感染者が出たとしても、流行の拡大を最小限に抑えることができるのです。そしてこれは、免疫力の弱い高齢者や乳幼児をはじめ、ワクチンを接種できない人も守ることにつながるのです。
こういった理由から、集団ワクチン接種はなくなったものの、ワクチン接種は、感染症から多くの人の健康と命を守る手立てとして有効だといえるでしょう。

まとめ

今も昔も、インフルエンザはつらい病気です。しかし、パンデミックをはじめ、積み重ねてきた経験から、人類が獲得した有効な予防の手立てが、ワクチンの接種であるといえます。自分の身はもちろん、まわりの人の健康や命を守るためにも、ワクチン接種を心がけましょう。

木村医師よりコメント

高齢者の場合、年齢があがるとともに重症化率や死亡率が増えていきます。集団接種が実施されなくなって以来、高齢者に対するインフルエンザが猛威を振るうようになりました。自治体によって内容は異なりますが、65歳以上の方、基礎疾患がある場合は60歳以上の方にワクチン接種の補助があります。感染症での被害者を減らすためにも、ワクチン接種を心がけたいものです。

監修者

医師:木村眞樹子

都内大学病院、KDDIビルクリニックで循環器内科および内科として在勤中。内科・循環器科での診察、治療に取り組む一方、産業医として企業の健康経営にも携わっている。総合内科専門医。循環器内科専門医。日本睡眠学会専門医。ビジョントレーニング指導者1級資格。

 

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