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59号 感染源が不明の麻疹のアウトブレイク
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麻疹は1人でも確認されたら、徹底的な調査を実施しなくてはならない。しかし、そのような調査によっても感染源が同定できないことがある。これについて興味深い報告があるので紹介する1 )

患者発生の状況

2016年4月15日、シェルビー郡(テネシー州)の地域保健所は生後18カ月の男児(患者A)が麻疹IgM陽性であったとの報告を受けた。4月18日、50歳の男性(患者B)が2例目の麻疹IgM陽性患者として報告された。両者とも4月9日に発疹がみられている。シェルビー郡地域保健所は調査を開始し、CDCは両患者の口腔咽頭スワブがPCRにて麻疹ウイルスが陽性であることを確認した。

4月21日、保健所は第3例目の麻疹疑い症例として生後7カ月の女児(患者C)の報告をうけた。彼女は4月14日に発疹がみられ、PCRが陽性であった。CDCで実施した遺伝子型検査では3例とも遺伝子型B3の麻疹ウイルスであることが同定された。遺伝子型B3は世界を循環していることが知られており、米国の輸入症例と判断された。

患者に詳細なインタビューをしたが、患者A,B,Cの間ではアウトブレイクの感染源も疫学的な関連も得られなかった。これらの患者や家族、濃厚接触者の誰もが、国際旅行に最近行っておらず、また、国際旅行者に曝露したこともなかった。3人の患者はお互いに少なくとも15マイルのところに住んでおり、3つの異なる地理学的、文化的、社会経済的集団に属していた。

5月7日までに、さらに4人の麻疹患者がシェルビー郡にて検査で確認された。全例とも患者A,B,Cに疫学的に関連していた。7人の患者の年齢は生後7カ月~50歳(中央値=2歳)であり、3人(43%)が生後12カ月未満の幼児であった[表1]。6人(86%)がワクチン未接種であり、そのうちの3人が麻疹ワクチンの適格者であったが、様々な理由により、接種の機会を逃していた。

曝露が発生した区域

インタビューによって、麻疹患者が感染性期間(註:感染者が病原体を他の人に伝播させることができる期間)(発疹発現の4日前から4日後)に訪れた25ヶ所の公共の区域(その期間に伝播が発生したかもしれない)が同定された。これらの区域のうち、6ヶ所(24%)は病院であり、12ヶ所(48%)は外来クリニック、7ヶ所(28%)は医療に関連しない公共区域であった。接触者を追跡することによって、985人の曝露の可能性のある人を同定した。そのうち、92人(9%)が患者の濃厚接触者であり、残りの893人(91%)は医療現場で曝露した可能性のある人であった[表1]。公共の区域(医療に関連ない場所)で曝露した可能性のある人は個々には同定されなかった。

893人の医療現場での曝露者のうち、235人(26%)が医療従事者であり、658人(74%)は医療従事者ではない人であった。678人(76%)は病院内で曝露し、215人(24%)は外来クリニックで曝露した[表1]。

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保健所の対応

シェルビー郡保健所は濃厚接触者41人にクアランティン(註:感染症に曝露した健康接触者に対して、その潜伏期間中、病原体の伝播を防ぐために行動制限を行うこと)の命令を発行し、保健所が毎日接触して監視することとなった。また、MMRワクチンの約400回の接種が保健所の接種クリニックおよび地域イベントで実施された。そして、曝露後の免疫グロブリンの投与が生後12カ月未満の18人の幼児に6日以内に投与され、誰も麻疹を発症しなかった。

問題点と考察

  • このアウトブレイクでは3つの疫学的に異なる感染伝播の鎖があり、共通の感染源は同定されなかったが、「ワクチンが接種可能の人での2回のMMRワクチンの高い接種率の重要性」および「米国における麻疹ウイルスの継続的かつ用心深いサーベイランスの必要性」が強調された。
  • このアウトブレイクの患者の1人は三次医療病院に72時間入院した。麻疹のIgM検査はオーダーされたものの、患者は空気隔離されなかった。シェルビー郡には過去10年以上麻疹の報告はなく、この地域のワクチンの接種率(約90%)が高いため、医療従事者は「麻疹の診断はありそうにない」と思ったからである。
  • このアウトブレイクで示されるように、国際旅行がなく、市中での最近の麻疹症例がないことは、誤った自信を与えうる。やはり、臨床的に合致した症状があり、ワクチンの接種歴が不確かな患者は麻疹について評価されるべきである。

文献

  1. CDC. Measles outbreak of unknown source ̶ Shelby county, Tennessee, April‒May 2016.
    http://www.cdc.gov/mmwr/volumes/65/wr/pdfs/mm6538a3.pdf

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長