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51号 結核と象と人間
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「ぞうさん」という童謡がある。「ぞうさん、ぞうさん、おはなが、ながいのね。そうよ、かあさんも、ながいのよ」という歌である。幼児が「ぞうさん」を口ずさむと、思わず微笑んでしまう。しかし、今後、感染対策チームは結核を思い浮かべることになるであろう。米国のオレゴン州の動物園でゾウとヒトの結核のアウトブレイクが発生し、ゾウの鼻が大きく関与したからである。ここで、「3頭の動物園のゾウおよびヒトの接触者における結核の診断 ― オレゴン州、2013年」を紹介したい1)。同心円状に接触者調査の対象を拡大してゆく手法も興味深い。

初期調査

2013年5月、オレゴン州のマルトノマ郡の動物園の 20歳のアジアゾウ(ゾウA)の鼻洗浄検体の毎年のルチーン培養にて結核菌が検出された [註1] 。 これは感染性のある活動性結核を示唆している。 過去の鼻洗浄検体培養が陰性の時点では感染性がなかったと仮定すると、感染性期間は「鼻洗浄検体が陽性となった 12 ヵ月前以降(2012年5月 ~ 2013年5月)」と判断される。マルトノマ郡保健所は下記の定義を用いて、ゾウA のヒト濃厚接触者および軽度接触者を調査した。

濃厚接触者: 「ゾウ小屋の 8,300平方フィートに滞在したことのある人」or「過去12カ月間に少なくとも毎週、周囲を取り囲まれた屋外区域で 8頭のゾウのいずれかの15フィート(4.6m)以内にいた人」
軽度接触者: 「ゾウの鼻分泌物もしくは糞便に曝露したかもしれないが、ゾウAには濃厚接触していない動物園の職員もしくはボランティア」

この調査によって、濃厚接触者 19人が同定された。全員に曝露後8週間以降にツベルクリン反応(以後、ツ反)を実施し、 13人が陰性であった。そして、ツ反陽性の既往がなく、かつ、過去 2年間に少なくとも1回は陰性であった 6人が陽性となった [ 図1] 。これらのツ反陽性の接触者の誰もが、結核流行国で時を過ごしたことはなく、また、ホームレスもしくは薬物中毒もしくは HIV感染のような結核のリスク因子はなかった。全員が胸部レントゲンを撮り、症状について評価されたが、活動性結核の人はいなかった。濃厚接触者のなかでの、2年以内にツ反が陽転した割合(31.6%)は予想より高かった(ツ反≧10mmによる潜在性結核感染は米国民の4%であるというベースラインがある)。

拡大調査

濃厚接触者にツ反陽性者がいることから、 調査が拡大され、 39人の軽度接触者が同定された。さらに、第3グループとして、特別イベントに参加した 20人の接触者が同定された[図1]。このイベントでは、ゾウAが参加者の後方でキャンバスに向けて鼻でペイントをスプレーした。このことはエアロゾル化した結核菌を彼らに曝露させた可能性がある。これら 59人の軽度接触者および特別イベント接触者の曝露の程度は「ゾウAへの曝露は約 30分未満」「ゾウからの距離は 25フィート以上」であった。 59人の軽度接触者および特別イベント接触者のなかの48人(81%)が十分に評価され、ツ反もしくは IGRA(インターフェロン-γ遊離アッセイ)が陽性のものはいなかった [図1]。

図1 結核感染した動物園のゾウの接触者の調査

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ゾウB

2013年10月、別の地域の保健所が「患者Aが2012年秋に培養陽性の胸膜結核の治療を完了しているが、 彼はゾウAの軽度接触者でもあった」ということを見出した [図2 ]。患者A は 2012年に間欠的に動物園で勤務したが、ゾウへの接触は限定的であったゾウ小屋での総計滞在は 1 時間 )。 患者Aは胸膜結核( 喀痰培養陰性 )であることから、非感染性の可能性が極めて高い。

患者A とゾウA の分離菌の全遺伝子配列をCDCが解析したところ一致した。 ゾウBの分離菌も遺伝子型が検査され、患者AおよびゾウAの分離菌と一致した。

患者A

2013年10月に採取されたゾウB(ゾウAの父親、51歳)の鼻洗浄検体の培養も陽性となった[註2][図2]。同一集団の他の7頭のゾウ(ゾウAを含む)はその時点では鼻洗浄は陰性であった。ゾウBのヒト濃厚接触者はゾウAの濃厚接触者と同一であった。唯一の例外は新規採用者であり、仕事を始めたときには結核スクリーニングは陰性であった。

ゾウC

2014年5月に採取されたゾウC(44歳)の鼻洗浄検体が結核培養陽性となった[註3] [図2]。ゾウCの分離菌は全遺伝子配列検査されなかった。このゾウのヒト接触者の全員がゾウBの接触者と同一であった。3頭のゾウのいずれにも、症状はみられなかったが、ゾウBに一時的な体重減少がみられた。3頭のゾウの分離菌は結核の第一選択薬に感受性があり、治療された。

更なる拡大調査

患者Aから分離された株とゾウAからの株が一致したことから、鼻洗浄が陰性の時期であったにも拘わらず、過去にゾウが結核を伝播させたかもしれない可能性について調査した。2014年夏、調査が拡大され、2つの追加グループが含まれた。

1 2010年1月1日以降に動物園で勤務したことがあり、かつ、濃厚接触者の定義に一致した現在および過去の従業員
2 患者A と同様に、2012年2月の動物園のオリエンテーション(患者A がゾウに最も接触した時期)に参加した人

2012年の動物園のオリエンテーションに参加した 28人(患者Aを含む)のなかで、18人がツ反陰性であり、9人は動物園には勤務しておらず、 調査できなか った [図2]。
2010年以降の濃厚接触者 31人の全員の調査によって、2011年7月にツ反陽性となった1人(硬結 = 19mm)が同定された [図2]。これは年当たりの動物園の陽転のベースライン(0 ~1)に近いものであった。この結果をもとにすると、ゾウA の結核診断の前にゾウによって結核菌が排出されたことはありそうもないと思われた。

図2 動物園における3頭のゾウの結核の診断および軽度接触者のタイムライン

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結核のスクリーニングのプロトコール

ゾウと伴に仕事をする人の毎年の結核スクリーニングの継続は必要である。それは 2016年夏まで、最も濃厚な接触者のスクリーニングを強化するものである。濃厚接触者は 2016年夏まで、6ヵ月毎にツ反を受け続けるであろう。過去にツ反陽性となった濃厚接触者はツ反よりも定期的な結核症状スクリーニングを受けることになる。そして、ゾウ小屋にいるときや、感染性の可能性のあるゾウに濃厚接触するときには、N95マスクを装着する。

まとめ

2013年、オレゴン州の動物園でのゾウおよびヒトの結核のアウトブレイクが発生した。調査の結果、活動性結核の雄ゾウ3頭と 118人の接触者が同定された。 96人(81%)の接触者が評価され、7人の濃厚接触者が潜在性結核感染であることが判明した。3頭の雄ゾウは隔離され、他の動物およびヒトへの感染を防ぐために治療された。潜在性結核感染のヒトには治療が提案された。

文献

  1. CDC. Diagnosis of tuberculosis in three zoo elephants and a human contact ̶ Oregon, 2013.
    http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/wk/mm6452.pdf

[註1]
北米の動物園にいるアジアゾウの約 5%が結核菌に感染している。これは鼻洗浄検体の培養陽性結果もしくは剖検結果に基づくものである。米国農務省の動植物検疫所はゾウの結核スクリーニングおよび診断ガイドラインを作成しており、それには鼻洗浄検体の毎年の結核培養が含まれている。
このアウトブレイクにおいては、ゾウAが結核を診断される前は、ゾウの鼻洗浄検体(各ゾウから3日連続に採取)を年1回培養していた。結核の診断以降は、鼻洗浄の頻度を引き上げて、感染ゾウには月1回、非感染ゾウには3カ月に1回の培養とした。

[註2]
2013年10月に採取された検体での結核菌の培養結果が12月13日に確認されたものと思われる。

[註3]
2014年5月に採取された検体での結核菌の培養結果が 6月14日に確認されたものと思われる。

矢野 邦夫

浜松医療センター 副院長
兼 感染症内科長
兼 臨床研修管理室長
兼 衛生管理室長