消毒薬の選び方

消毒剤の毒性、副作用、中毒

4.ホルマリン(Formalin,Formaldehyde)

毒性

(単位:mg/kg)

    LD50 LC50 MLD
ヒト 経口     70
マウス 吸入   454mg/m3/4時間  
  505mg/m3/2時間  
腹腔     16
経口 42    
385    
皮下 300    
ラット 吸入   203mg/m3  
  578mg/m3/2時間  
  250ppm/2時間  
静脈 87    
経口 100    
皮下 420    
ウサギ 静脈     48
皮下     240
皮膚 270µL/kg    
270    
イヌ 静脈     70
皮下     350

ヒト最低中毒濃度(TCL0):1mg/m3(吸入),17mg/m3/30分(吸入),0.2ppm(吸入),1ppm/6分(吸入)

慢性毒性

皮膚に長時間あるいは繰り返し接触することにより鞣皮作用を生じ、皮膚のひび割れ及び潰瘍を生じる。曝露による慢性疾患の発生は確認されていないが、作業者で慢性閉塞性障害を認める報告もある。

生殖に及ぼす影響

雌ラットに対する40ppmホルムアルデヒド1日6時間、妊娠6日目から20日目までの曝露で、胎仔の体重が20%減少したことが報告されている。

催奇形性

雌ラットに対する40ppmホルムアルデヒド1日6時間、妊娠6日目から20日目までの曝露で、奇形は認められなかったことが報告されている。

致死量

ヒト経口推定致死量
30~90mL(ヒトの最小致死量はいまだ確定されていない)

副作用

吸入例

ホルマリンガスの吸入により粘膜刺激を起こし、結膜炎、鼻カタル、気管支炎、肺炎を引き起こす。さらに大量に吸入した場合は、呼吸困難、昏睡に陥る。

  1. 34歳、男性。ホルマリンガスを約2分間吸入し、意識消失をきたしてその場に昏倒した。発汗が著明で喉頭は軽度に発赤し、口唇にはチアノーゼを認めた。著明な代謝性アシドーシスを呈した。

ホルマリンガス濃度と症状

ホルマリンガス 症状など
0.05~0.1 ppm 臭気を感知できる
5 ppm 喉に刺激を感ずる
15 ppm 咳が多発する
20 ppm 気道深部まで刺激を感ずる

[吉岡 敏治 他:救急医学 3(10):1223-1226,1979.より引用]

ホルマリン喘息

  1. 19歳、女性。解剖実習初日より喘息発作出現。
  2. 20歳、男性。解剖実習初日より咳嗽出現。以後実習中喘息発作が出現するようになった。
  3. 医学部学生の系統解剖実習において、ホルマリンガスの吸入が原因と考えられる気管支喘息4症例を経験した。
    (約85名の解剖実習を受けた学生にアンケート調査を行った所、約80%の学生にホルマリン刺激によると思われる咳嗽、鼻汁、流涙、息苦しさなどの刺激症状が認められた。)
  4. 28人の腎透析技術者のうち5人に呼吸器障害、2人に喘息発作がおこり、看護師の1人は喘息のぜいぜいが8日間続いた。

アレルギー性皮膚炎

  1. 25歳、女性。ホルマリンクレゾールを使用した歯科治療を受け、約2時間後に肩、指間に掻痒を伴う紅斑が出現し、口唇、眼囲に腫脹及び喉頭違和感を認めた。ホルマリン特異的IgE抗体価は10.20 UA/mLと高値であり、ホルマリンに対する即時型アレルギーと診断した。
  2. 31歳、男性。ホルマリン含有根管治療剤を充填したところ、約30分後に全身の蕁麻疹と呼吸困難が出現した。ホルマリン特異的IgE抗体価は17.0 UA/mLであった。
  3. 52歳、男性。ホルマリンクレゾールを使用した歯科治療を受け、処置後約2時間半頃から全身に蕁麻疹が出現。ホルマリンクレゾールによるアナフィラキシーショックと診断。
  4. 36歳、女性。歯科治療を受けた10時間後から全身に膨疹が出現。ホルマリン特異的IgE抗体価は100UA/mL以上であった。
  5. 5歳、男児。歯科治療を受けた3時間後、全身に蕁麻疹、顔面の腫脹が出現。
  6. 61歳、女性。ホルマリンクレゾールを使用した歯科治療を受け、消毒20分後に全身に紅斑、血圧低下を起こしショック状態となった。
  7. 56歳、男性。午前に歯科で根管治療を受け、昼食後、全身に掻痒、膨疹、嘔吐、血圧低下が出現。根管消毒剤により漏出したホルムアルデヒドによるアナフィラキシーショックと診断。
  8. 40歳、女性。ホルマリン・グアヤコールを使用した歯科根管治療を受け、30分後に局所の痒み、5時間後に蕁麻疹と消化器症状、8時間後に血圧低下が出現。ホルマリン特異的IgE抗体価は70.8UA/mLであった。

神経損傷

42歳、男性。近心頬側根管にホルマリンクレゾールを貼薬したところ、咬合痛、麻痺感が出現。ホルマリンクレゾールによる、薬剤性神経損傷と診断。

誤飲例

5.6mLで死亡例、240mLで生存例がある。誤飲は泥酔状態であることが多く、摂取量は20~40mLであり、結果として大部分は生存している。一方、自殺目的では50mL以上の摂取で多臓器不全により、その大部分は死亡している。

本邦・外国におけるホルマリン誤飲例

報告年 報告者 年齢・性 原因 誤飲量 転帰 症状など
1931 三 村 ? ・男性 誤飲 5.6g(mL) 30分後に死亡
1954 笹 本 19歳・女性 自殺 150mL 9時間後に死亡
1955 佐 藤 19歳・男性 自殺 6mL(2%) 1年後死亡
1962 Roy 41歳・男性 自殺 240mL 腐蝕性胃炎
52日後胃切除術
1968 Barton 46歳・女性 120mL(10%) 腐蝕性胃炎
3ヶ月後胃全摘術
1970 Allen 14歳・男性 120mL 6日後胃全摘術
1970 小田切 48歳・男性 誤飲 30~40mL 25日後噴門狭窄及び胃の瘢痕性萎縮にて手術
1974 七 海 30歳・女性 自殺 30mL 腐蝕性胃炎
1976 元 山 62歳・男性 誤飲 20mL 後遺症なく治癒
1976 元 山 59歳・男性 誤飲 20mL 前庭部に瘢痕性狭窄
1981 Eells 41歳・女性 120mL 28時間後死亡
1985 加 藤 74歳・女性 誤飲 30mL 47時間後死亡
1988 黒 川 48歳・男性 自殺 50mL 17日目に死亡
1991 三 輪 48歳・男性 自殺 30~40mL 代謝性アシドーシス
1991 三 輪 57歳・女性 自殺 30~40mL 29時間後死亡
1991 原 田 34歳・男性 自殺 150mL 吸入性肺炎、潰瘍瘢痕
2004 畑 中 28歳・男性 自殺 150mL 呼吸不全、腐蝕性胃炎等
2007 斉 藤 52歳・女性 自殺 200mL 瘢痕狭窄、腐蝕性胃炎・食道炎
5ヶ月後下部食道・胃全摘術
2008 田 中 93歳・男性 不明 咽頭浮腫、胃の拡張不全

中毒症状

経口の場合

  • 口腔・咽頭・食道などの灼熱感、声門・喉頭の浮腫
  • 悪心、嘔気、嘔吐、心窩部痛、激しい腹痛、血性下痢、吐血、下血
  • 上部消化管障害、びらん、潰瘍、食道・胃穿孔
  • 代謝性アシドーシス、黄疸
  • 蛋白尿、血尿、排尿困難、乏尿、無尿
  • 循環虚脱、蒼白、脈拍微弱、血圧低下
  • めまい、痙攣、昏迷、昏睡、意識障害
  • 冷感、ショック症状、呼吸不全による死

※回復期には高度の瘢痕性胃萎縮を合併する

吸入の場合

  • 目・鼻・上気道粘膜の刺激、鼻炎、咽頭炎
  • 咳、嚥下困難、気管支炎、肺炎、呼吸困難
  • 頭痛、脱力感、動悸
  • 高濃度のガスで喉頭浮腫や喉頭痙攣を生じ窒息

皮膚・眼に付着した場合

  • 皮膚刺激と硬化、皮膚の褐色化、アレルギー性皮膚炎、蕁麻疹、過敏症
  • 濃厚液では凝固壊死
  • 流涙、眼痛、結膜炎、角膜熱傷、失明

処置法

経口の場合

  1. 胃洗浄(気管内挿管をして、穿孔に十分注意して行う)
    0.2%アンモニア水、又は1~2%炭酸アンモニウム液、又は牛乳・卵白を用いる
    (直ちに使用できない場合は微温湯でも可)
    胃洗浄終了時、薬用炭を与える
  2. 呼吸管理(気道確保、酸素吸入、人工呼吸など)
  3. 下剤投与
    硫酸マグネシウム(30g → 水200mL)又は、マグコロール®P(50g → 水200mL)
  4. 粘膜保護剤投与
    アルロイドG®、マルファ®液、アルサルミン®など
  5. 輸液投与
    アシドーシスの補正......
    炭酸水素ナトリウム注(メイロン®
    解毒...........................
    グルタチオン注(タチオン®)大量投与
  6. 対症療法
    ・ショックに輸液、血漿増量剤投与
    ・興奮状態に鎮静剤
    ・疼痛にモルヒネ、ペンタゾシン
    ・感染防止に抗生物質(但しサルファ剤は禁忌)
  7. 重症の場合
    血液透析(HD)を行う

吸入の場合

呼吸管理(気道確保、酸素吸入、人工呼吸など)

眼に付着した場合

  1. 流水で15分間以上十分洗浄する
  2. 対症療法
    ヒアレイン®点眼液、フラビタン®眼軟膏、抗菌剤点眼液などの投与

皮膚に付着した場合

  • 皮膚...............
    汚染部位を石けんと水で十分洗浄する
    眼..................
    流水で15分間以上十分洗浄する
    ヒアレイン®点眼液、フラビタン®眼軟膏、抗菌剤点眼液などの投与