Vol. 66

ポリオ

現在、天然痘は存在しません。1980年に撲滅されたからです。撲滅によって、多くの人々が天然痘に苦しまずに済み、天然痘ワクチンを接種する必要もなくなりました。同様のことが、ポリオ(小児まひ)についても進行しつつあります。もう少しでポリオを撲滅できそうなのです。

ポリオウイルスには3つのタイプがあり、タイプ2と3は既に撲滅されています。現在問題となっているのはタイプ1のみです。これがパキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアでは駆逐されていないのです。このような地域は紛争によってワクチンを持ち込めず、ポリオウイルスの感染が続いています。

ポリオウイルスは経口感染します。ウイルスは糞便から数週間検出されます。環境表面に付着した場合には2ヵ月間も生きています。このウイルスは患者の糞便に汚染した手指を介して人から人に伝播してゆきますが、環境表面に付着しているウイルスが手指に付着して、その手指で掴んだ食物を食べることによっても伝播します。それゆえ、手洗いが大変重要なのですが、流行地域では水道システムが発達していないので、手指を介した伝播を防ぐことができないのです。

潜伏期間は7~14日です。感染した人すべてが麻痺となることはありません。感染者の90~95%が無症状なのです。3%が感冒様症状(発熱、頭痛、咽頭痛など)となり、1~2%が髄膜炎となり、0.1%が麻痺となります。すなわち、感染者の1,000人に1人が麻痺となる割合ということになります。麻痺になった人では2~3日で悪化がみられます。かつては小児に多発したところから「小児まひ」とも呼ばれていました。

感染症の専門用語に「基礎再生産率」というのがあります。「麻疹」の項目で既に述べたことがありますが、これは「1人の感染者が、誰も免疫を持たない集団に加わったとき、平均して何人に直接感染させるかという人数」のことです。インフルエンザウイルスは強力な感染力を持った病原体ですが、その基礎再生産率は1~2です。一方、ポリオウイルスの基礎再生産率は5~6もあるのです。すなわち、免疫を持っていない人々の集団にポリオウイルスが入り込んだ場合、インフルエンザウイルスをはるかに上回る感染力を持って流行するのです。

ワクチンを多数の人々に接種できれば、感染者が発生したとしても、その周囲にはワクチン接種済の人々しかいない状態にできます。そうすれば、ポリオウイルスはその接種者集団を越えて、他に伝播することはできません。しかし、紛争地域ではワクチンを接種できていないので、強力な感染力を持つポリオウイルスが駆逐できないのです。